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生きる支え

孤独は心に悪い。

 

人間は他者との繋がりが成立してはじめて
自分の存在を直に感じられる。

 

一人で生きているだけでは、
自分が生存している正当な理由を見失ってしまう。

 

だから、
誰かの役に立てることが喜びであり、
友人をつくり、
愛を誓いあったりする。

 

誰かのためになることが、
本当はもっとも自分のためになる世界だ。

 

人とのコミュニケーションが成立してこそ、
人と繋がりを持ってこそ、
私たちは生きられるのであり、
こういうものが生きる支えになっている。

これがないと、生きるのは途端に難しく、苦しくなる。

 

 

そう思うと、
なんだかわけがわからなくならないか。

 

私たちは生まれて、
体の寿命が来るまで、
自然と来る死を受け入れるその瞬間まで、
生きる支えを常に必要としているのだ。

なんだか気持ちが悪い。

なんでそんなことしないといけないんだろうな。
生まれてから、ずっと何かを支えにしないと生きていけないなんて、
みっともなく惨めで、そんなのずっとつらそう。

 

自ら死を選ばないためにも、
私も生きる支えを少しでも増やして、
とにかく自分を生かさなければならないなんてなあ。

 

 

正直、
生きる意味とか、生まれた意味を探るのは
あまりにナンセンスだと思う。

そんなの追い求めればつらいだけだし、
生き方を制限するだけで、
そんなの考えないほうがいいはずだと私は思う。

 


だけど、
どんな生物だってそうなのだろうけれど、
生まれることだけは、
私が「河原由貴」となってからは選択していないのに、
生き続けることは選択しないといけない。

(特定の宗教では、人は生まれることを選んできたとか言うから、
あえて、私は私がこの私になってからは選択していないと書いたよ)

生き続けるために、
知らず知らずに生きる支えを探している。

 

ここに何の意味があるのだろうな。
何をしなければいけないんだろうな。
なんで生き続ければいけないんだろうな…。

 

なんだこれ、なんなんだ。

 

生きてから死ぬまで、
生きることだけは選んでなかったのに、
生きるために社会的活動をし続けることがほとんど不可欠であり、
それは苦しくも、喜びになるのであり、
もっとも自己の生存時間を伸ばしてくれる支えになってくれるなんて。

 

ああもう本当に面倒くさいよ。

 

 

こんなこと考えないほうが幸せだとか言うんだろう。
考えすぎだとか言うんだろう。

 

ありがたいことに、ここ最近
今私をもっとも苦しめる悩みは何と聞いてくれる人が何人かいて、
恐る恐る自分の考えを伝えると、

「それは考えすぎだ」とか
「そう考えるのはおこがましい」とか

言われるんだ。

なんだよそれ。

 

知ってるよ、
自分が自分を一番苦しめていることも、
考えすぎてしまうことも、
変な決めつけをしてしまっていることも。

だから苦しいんだろう。

 


聞いてくれてありがとう、
でも悪いところを指摘してほしいんじゃなくて、
ただ、わかってくれればいいんだ。

 

私の苦悩を解決してほしいとは思わないよ。

 

ただ私の考えていることをそのまま受け入れてくれれば、
私は少しだけでも
「生きていてもいいのかな」「存在していていいのかな」
って、そう思えると思うんだ。

 

 

ジェーン・スーさんがね、
「腐らないひとに分け前がくるシステムになってるんだこの世の中は」
って言っていたから、
なんとか腐らないように
生きたいと思っているよ。

 

でも希望を持ち続けるのって、すごくすごく大変だよね。

 

様々な夢を持ち始めてから、
どんどん自分がダメになっていっていて、
腐らないことが難しいことだって実感している。

 

天国ってどんなところだろうな、
この世で頑張らないといけないんだろうか。

 

自殺したら地獄に行くっていう宗教を
物心ついた頃からハタチ頃まで信じていたけど、
今思うと、これ、ひどい話だなと思うよ。
これが真実ならば、神様ってひどいよな。

辛い思いして、
もうどうしようもなくなって自ら死を選んだ人は、
死んだ世界ではもう恵まれて、
たくさん幸せな思いをさせてやればいいじゃないか。

楽になりたいなぁ、
愛して、愛されたいなぁ。

 

幸せになりたいなぁ。

 

私が生きていることが、認められるどこかにいきたい。

何もない自分でも、
マイナスばかりな自分でも、
許されて、愛される世界にいきたい。

 

天国ってそういう場所のことをいうんじゃないのか。

腐らず、希望を捨てず。

どこの環境にいっても、

どんな役柄が自分についても、

私はなかなか変われない。

 

 

高校卒業後の一年間は、「アメリカにいって、本当の(大)学生になれば」、

アメリカにいた頃は、「大学やめて、社会人になれば」、

制作会社で働いた半年間は、「この不自由の多い日常を抜け出せれば」、

暇なフリーターの頃は、「また大学にいって勉強すれば」…

 

「私はもっともっと楽になれて、

きっと抱えている病気もよくなって、

毎日楽しい日々を過ごすのだ」

 

と思っていた。

 

 

 

確かに、

転々とし続け、生きている時間を重ねていったことで、

自分の満足するところにはまだまだ達していないけれど、

病気は少しずつ回復しているはずだ。

 

毎日たくさんの時間をかけて自分に絶望し、

でもその中で何かを見つけようと必死で、

外部の刺激を受けつつたくさんの発見ができた。

自分が見たくない自分とも、はじめて向き合った。

ここまでやって変わらないわけがないだろうと思うこともある。

いろいろなことがあって、その中で自分もそれなりに努力をしたと思っている。

 

 

 

ただ、その生き方に私は気持ち悪さも感じている。

自分の人生を否定したくないから、「悔いはない」というけれど、

それでも割り切れないことが多い。

 

いま、私の友人の多くが大学4年生になり、

就職活動に勤しんでいる。

私は日本で大学に入学したばかりである。

 

そんな、学生としての先輩である数人の友人たちが、

生きてきた年数は違わないのに、

「ゆきはいろんな経験してきたね」と言ってくれる。

これ、だいたいいい感じで言ってくれている。たぶん。

皮肉とか、攻撃のつもりではない、はずである。

 

でも、周りの友人だって種類は違えど、

たくさんの経験を同じようにしているのに、

私はマイナーな経歴を持ってしまったが故に、

これまでの生き様を経験量の多さと捉えられることに疑問もある。

 

それは違うのではないか。

 

そんなことを言われるようになってしまっている

私というのが、気持ち悪い。

 

 

私は経験量を盾にして人に説教するような年増にはなりたくない。

いつまでもフレッシュでいたい。

 

派手に見える経験があればあるほど、

「たくさんのことを経験している」と思われるのは確かだろう。

 

そういう視点で自分を見てみると、

アメリカに大学進学しにいき、

すぐ中退してひっそりと帰り奈良で居候、

フルタイムでアルバイトをして、21で大学受験…

 

話せるネタとしては多いかもしれないけれど、

だから他より経験が豊富とは言ってはいけない気がする。

 

 

でも、誰かにそう言われるということは、

私はこの変な生き方を、

誇れるわけではない(真似をしてはいけない)生き方を、

そう思われるくらい人に伝えてきたわけだ。

 

「私は経験量を盾にして人に説教するような年増にはなりたくない。」

と書いたが、

経験量を盾に、苦労アピールや悲劇アピールを周りにしていたのだろうかと

反省会がはじまる。多分そうだ。恥ずかしいやつだ。

 

 

派手に見える経験だけが経験の量にカウントされるわけではない。

自分の内だけでくすぶっている思いがある中で

一見何もないように過ごす毎日だって、立派な経験じゃないか。

みんな、言わないだけで、それぞれの懊悩があり、

ここまで立派に生きている。

 

本質に向き合いきらずに逃げたこの私の生き方に、

何か特別感を持って接せられることが、

ひどく申し訳なくなる。消えたくなる。

弱くて、品がなかっただけだ。量が他より豊富なわけではない。 

量は周りだって同じだろう。

 

それに、病気を経て、豊かな経験が身についた、というよりも、

本当は、病気から逃げようとしているうちに、

想像していなかったところにたどり着き、

その場で生き続けるしかなかっただけなのだ。

 

与えられた場で長く長く存在し続ける周りの人々には及ばない。

大学で3年過ごしてきた友人が眩しいよ。

 

 

 

 

でも、量が多いというのは

これまでの日々はマイナスなことばかりの経験ではなくて(あたりまえだけど)、

そういうドロップアウト期間があったおかげで、

旧友とそれまで以上に深く繋がり分かり合えて、

こういった自分を理解してくれる、愛に溢れた人々とも新しく出会えた。

 

ドロップアウトして、自分なりの経験を積み重ねてきたから、

だんだん人に頼れるようになった。少しずつだ。少しだけ変わった。

私は未だに人に頼るのが下手で、

そもそも人に頼らないと苦しむ無力な自分が嫌なのだけれど、

しんどくなったらなるべく気のおけない友達に連絡できるようになった。

経験がこういう自分を作ってくれた。

これは私なりの経験量が、質に繋がった成功例の一つだと言っていいはずだ。

 

でも、まだまだ多くの部分で変わっていない。

 

 

なぜ変われないのか。

なぜ人に頼れないのか。

なぜこんなにも弱いままなのか。

 

 

自分の面倒ごとに、人を巻き込んではいけないと思っているからだろう。

 

その気持ちを深く掘り下げると、

どうしてもたどりついてしまう答えは、

 

「自分が生きていることが迷惑でしかない」

 

ということ。

 

 

 

被害妄想が過ぎているかもしれない。

考えすぎだよと言われるかもしれない。

 

 

けれど、

生きているとお金がかかるのは当然だ。

誰かとぶつかり不快にさせることもある。

また、自分の面倒な部分や、悩みを打ち明けてしまえば、

相手の忙しい時間を奪ってしまうし、

ハッピーな気持ちにはさせられない。

自分という悩み事が相手の中に増えるかもしれない。

 

自分の人生に相手を巻き込むことが、本当に苦しい。

 

そんなことになるなら、

誰かの迷惑になってしまうなら、

自分が誰かの記憶に「マイナスの存在」として残ってしまうなら、

この社会で生きるのは嫌になる。

 

たとえば私が今大学に通っていること。

これはいつか誰かに還元できることでも、

今、親の経済状況を逼迫している事実は消えない。

 

こんな風に、長期的な利益を考えられないほど、

また、それを考えて心が持ち直せるほど、強くない。

 

今現在誰かに不利益をもたらし、

誰かが私のせいで我慢をしていることが耐えられない。

 

 

 

そういう思いが膨れ上がって、

つい最近は、病気のことも理解してくれていた恋人も、

自分から離してしまった。

 

 

 

付き合っていた彼は口下手だったし、

付き合い始めの頃は病気をいじってくるデリカシーに疑問を抱くこともあった。

 

あのときは信じられなかったけど、

本当に芯の部分では心配してくれていたとだんだんとわかった。

私がよくなることをいつも信じて接してくれていた彼だった。

愛情深かった。

 

だからこそ、すぐによくなることができない自分に無力さを感じたし、

これ以上自分が辛い辛いと言いまわって頼ることができなかった。

相手に見合う人間でないことが怖かった。

 

辛いときに頼ってばかりいては、

いまは「迷惑とは思ってないよ」といってくれている彼も、

いつか絶対、私を負担に思うだろう。

私は嫌われて、捨てられてしまうと思った。

相手の器量を信頼するより、被害妄想が勝ってしまった。

傷つくのをどこまでも怖がる、保身ばかりの人間なのだ。

 

 

 

 

加えて、私は彼に大きく憧れている分、

仕事に一生懸命な彼にいつも寂しさを感じていた。

 

 

私は恋愛に、親にはもらえなかった満足感を得ようとしている。

とてもダサくて気持ちが悪いことだけれど、仕方ない。

私の両親はともに大いに仕事人間だったから、

自分が優先順位として上位にいると感じられたことはほとんどない。

たとえ私たち家族のために仕事をしているとはいえ、

私がいなければここまで必死に仕事をしなくてすんだかもしれないわけだし、

私と直接関わることが少なかった分、そう思ってしまうのは仕方がなかった。

 

 

 

私は、いつも、どうか愛する人の一番になりたかった。

恋愛ではそれが無理だと思ってしまい、いつも苦しかった。

(思えば過去の恋愛も、一番を感じられない恋愛に身を投じて苦しんでいたな。)

 

相手の大切にしていることや一生懸命に取り組んでいることを

相手の人生の中でぽっと出の私がとやかく言う資格はない。

 

恋人にとって優先順位の高いもの(=今回は仕事)と、

せめて同等になりたくても、

それほどの価値や魅力が私にはないことも確かなのは理解していた。

どんなわがままも、私の寂しい主張も、相手の負担になる。

喧嘩になってしまう。

どうしようもないことに不満ばかり言ってしまった。

一番でないことがわかると、

自分の価値の小ささを突きつけられた気がして、

いつも勝手に苦しんでいたからだ。

 

 

一つここで言っておくべきことは、

相手は非情な人間ではない。

先述した通り、本来とても慈愛に満ちた人だった。

ただ、私の恋愛への向き合い方、求めるものと違かった。

だから私の被害妄想は増したのだろう。

 

彼は自律していて、私よりはるかに大人だった。

 

 

恥をしのんで言うが、私はいつも愛に飢えていた。

自分の性にも疑問があるし、不確かなままでいる。

そして摂食障害を患うボーダーライン障害者で、

自己肯定感も低いために卑屈さが出て相手の気分を悪くしてしまう。

 

こんな私を受け入れてくれたから、素晴らしい人だった。

 

 

だから、そんな愛する人が自分のせいで苦しみ、

心の悩みが増えてしまうのは絶対に嫌だった。

 

相手のそんな姿は絶対に見たくないし、

自分がそんな印象の残り方をするのも怖かった。

 

いつか捨てられて大きく傷付くくらいなら、

自分から離してしまおうとする防衛反応が働いて、

彼の愛の船に乗り切れず、自分から離れていった。

 

 

 

こういう、弱くてどうしようもない自分から目を背けては、

どこにいっても、誰といても、

私は自ら幸せを突き放す。

 

恐ろしいことである。

 

 

 

私は私と闘い続けなければいけない。

もっともっと、幸せになりたいからだ。

最大限に、幸せでありたいのだ。

 

 

今は自分が不安定すぎて、

恵まれた環境をありがたがれない、

残念で可哀想なやつでいる。

 

 

どうすれば、もっと幸せになれるのだ。

どうすれば、病気からさよならができるのだ。

どうすれば、愛する人の愛に素直になれるのか。

どうすれば、私は私になれるのか。

 

 

 

多分、生き続けるしかない。

生きる選択が、私にとって、闘うということだ。

時間がたてば、多分ボーダーはよくなると感じるし、

本来の自分を自分なりに構築していって、

愛する人と幸せになり、自己実現できていくと思う。

だから、そのためには生き続けなければならない。

 

毎日、

生きている罪悪感と、

自分が自分であることの絶望感が拭えず、

もう生きているのが怖くなる。

どうなるかもわからない未来のために、

どこまで続くかわからないこの人生を引き延ばすことを考えるだけで

疲れて、しんどくなってしまう。

いきなり電車で泣き出してしまうほど、苦しい。

 

 

もう本当は嫌だ、生きるのが、本当に嫌だ。

 

 

でも、

そう思っても、

死んでもいいなんて、自分にもう絶対言わない。

「死にたい」は思っても、「死のう」とは思わせない。

 

 

腐らず、希望を捨てず、寿命が果てるまで、生きようと思うのだ。

 

 

これが私の、今の一番の目標である。

 

全員で高みを目指そうとする大学で、

私は、ただ普通を目指している。

悪くないだろう。ぜったい、間違っていないだろう。

 

私はとにかく、生きながらえる。

 

悲しみの果てにある、素晴らしい日々をいつまでも追い続けて、

生を選択し続けるのだ。

 

その一瞬一瞬の選択の積み重ねの先で、

私はいつか絶対に、輝こうと思っている。

 

 

こんな私を見守ってくれる人はいますか?

 

 

いなくても、それでも私は生き続けるよ。

そうすることしか、今はできないからね。

 

 

負けるなよ。お願いだから。

エレファントカシマシ30周年大阪城ホール“さらにドーンといくぜ!”②

前記事の続き。

 

 

 

 

《10. 風に吹かれて》

 

 

「俺って昔、結構暗い曲ばっかり作ってて、衝撃的だったんだよね。

アルバム『明日に向かって走れ!』では、

今宵以外悲しい曲ばっか作ってて、それに驚いちゃったんだよ。

でも、昔の自分の悲しい歌に、結構グッときたりしちゃって。

自分で言うのもなんだけど。

悲しい曲なんだけど、良いなと思うこの曲を」

 

って。そんな風に言ってた。

自分の作る曲に、ちゃんと成長した自分がいいと思うって、

それ、本当に素晴らしいことだと思うんだ、

それを9000人の前で言える宮本さん、

とてもとても、格好いいと思った。

 

この歌の歌い出し、

すごく好きなんだ。

これもきいててないちゃった。

「さよならさ」からのファンの動きも好きだった。

 

正直、このMCを聞くまで、

私、この歌を悲しい歌だと意識してきいたことがなかった。

だって、「輝く太陽は俺のもので、きらめく月はそうお前の涙」って、

はじめから、そんな、そんな詩的な綺麗な言葉を使われたら、

その衝撃にやられてしまって、

ただ「いい曲」だとしか思ってなかったんだ。

 

でもそうだな、この曲は確かに悲しい曲なのかもしれない。

そう思いながら、生で聞いてみると、今まできいてきた感覚とは

ちがうものが自分の中で生まれて、

いつも以上に繊細にこの歌をきくようになった。

でも、悲しいけど、宮本さんも言うように、

悲しくも、綺麗で素晴らしい曲で、つい「いいなあ」って思うんだよなあ。

 

悲しくも素晴らしい、そんな歌を作った宮本さん、

私も、悲しいことはあっても、

「それでも、いいなあ、私の人生、いいよなあ」

なんて、そう言える生き方をしたい。

一曲から考えることが壮大すぎるかしら。

 

 

 

《11. ハナウタ~遠い昔からの物語~》

 

 

 

この歌のMCで、宮本さんのいい人っぷり、炸裂していた。

「コマソン!!え、今は言わないですか?あの、コマーシャルソング。CMソングって言うんですかね。


俺、タイアップすごく張り切っちゃう。

焼酎のCMなんだけど、

あの焼酎まだ売ってるのかな。売ってる?知ってる?わかんないか。

『“ハナウタ”っていれてください』っていわれたんで、一生懸命作りました。

いいCMになってよかった」

 

とか、そんなようなことを言っていた。

タイアップは張り切っちゃう、頑張って作っちゃう。

いい人だなあほんとう。

一生懸命でかわいげのある人、大好き。

かわいすぎてこのMCもすごく笑顔にさせてもらった。

 

 

《12. 桜の花、舞い上がる道を》

 

 

「俺、花道大好き。花道作ってくれてありがとう!!」

って言っちゃう宮本さん。

花道駆け抜け、歌いあげる。

落ちてきた桜をフワァっとさせちゃったりする、お茶目な人柄炸裂。

 

 

あと、自分のライブ後すぐかいたメモに、

「桜の花:ストリングスイェーイ」って書いてあるんだけど、

何を言いたかったんだろう、

DVD出たら見返して思い出したい。

 


《13. 3210》

 

《14. RAINBOW》

 

《15. ガストロンジャー》

 

 

あの、この三つの流れめちゃくちゃ好き。

3210、歌詞ないけれど、私これとても好きなんで、すごく嬉しかった。

そしてそのあとのRAINBOW、

アルバムの3210からのRAINBOWの流れと一緒なんだけど、

その流れをライブでみるということがあまりに価値があった。

あの、RAINBOWとガストロ、トミさんめちゃくちゃ格好良くて、

本当に言葉を失ってしまった。

 

思考停止しながら、トミさんのドラムをみていた。

ライティングも相まって、最高に格好よかった。

まじで、ああ、あれまたはやくみたい。

「トミーーーーーー!!!!!」って叫ぶ

男性のファンが羨ましかった。

私は勇気もないし、そんなことはできなかったけど、

あれは私も「トミーーーーーー!!!!!」って叫びたかった。

とにかく、最高だった。

 

 

そして今回、ライティング含め、演出が過剰じゃなかったのが、

あえてシンプルなのが、すごくよかった。

30周年の男たちのライブっていう感じで。

 

あと、ガストロンジャーで、

大阪城連呼していたし、

「いい顔してるぜ」って言ってくれるし、

なんか割と優しいガストロに感じた。

もちろん迫力のある歌ではあるんだけど。

 

GINZA4月号の宮本さんのインタビューを読んで、

そこで彼は、「ファンも自分たちもこの30年で変わっていった」って言っていて、

それはもちろん当たり前のことではあるんだろうけれど、

そこに気づいているということが、50年生きている人であり、

30年を真摯に見つめてきた人だからいう言葉なんだと思ったし、

ライブで聴くガストロンジャーというのは、そんな宮本さんの変化を

特に感じられる歌なんじゃないかと思った。

まだファン歴もペーペーな私がいうので、的違いなことを言っていたら申し訳ないな。

でも、そう感じた。

 

他のインタビュー記事なんかみてても、

この30周年という節目を考えたとき、

宮本さんの中で「変化」というものがキーワードになっているようで、

すごく、その、いい意味で変わっている自分たちを

冷静に見つめているバンドだと感じる。

私はまだまだ浅いファンだから、これまでの変わりようは、

曲と年譜でしかわかりきれないけれど、

これからを一緒に見つめていけたらと願う一ファンでいようと思う。

 

 

 


《16. やさしさ》

 

 

宮本さんが18、19歳くらいの時に作った歌。

これがそんな歳で作っちゃうんだよ。

怖いなあ、この人、と本当にその時感じた。

 

あと、この歌詞、今すごく響いた。

他にもそういう人たくさんいるという意見を見たけれど、

悩める時の歌だよな。

 

たしかに、思春期の終わりごろの苦悩を

めちゃくちゃ言語化していると思う。

でもこれが響く人は、思春期だって言いたいんじゃなくて、

悩める人はいつだって青春を駆け抜けているように思う。

 

必死で生きてるから、

答えがわからずもがく日々を過ごしてるから、

体は重く感じるし、

いつもと変わらない日々に危機を感じる。

こういう気持ちや感情に言葉をつけてくれている、そんな歌。

 

この重低音ボイス、好きだ。

 

 

 

《17. 四月の風》

 

 

 

絶望を感じさせない、しなやかな強さがある。

 

私、冒頭からこの歌詞好きだけど(いや他の歌もまるごと好きだけど)、

「明日も頑張ろう 愛する人に捧げよう」ってとこが特に好きで、

つい口ずさみたくなる。

 

それを宮本さんの口から生で聴けて、大満足。

 

 

 


《18. ズレてる方がいい》

 

 

「(タイアップ好きとはいったけれど)

映画のタイアップにはさすがにビビりました、

だけど面白い映画で、いい映画で、よかったです」

と言っていた。

 

映画のタイアップにはビビっちゃう、かわいい。

 

 

 

《19. 俺たちの明日》

 

 

第1部最後の歌、

思わず立ってしまった。

 

これまでずっと、MCが面白いもんだから

涙も引いてたのに、

また泣かせて来る。。。

 

「お前は今日もどこかで不器用にこの日々と

きっと戦っていることだろう」

ってところ、今までそんなに意識してなかったんだけど、

やっぱりライブはすごいね。

これきいて号泣ですよ。

 

や、泣いてばかりだけど、泣きたくて聴いてるわけじゃない、

むしろ泣きたくなんかない。

涙でステージが見づらくなるし、次の日まぶたが腫れるから…。

でも、前の記事でも言ったけれど、

歌詞じゃなくて、宮本さんの言葉を聞いてるから、

ひとことひとことが、ドスドス刺さるわけで。いい意味で。

だから、本当にこの、飾らない、ストレートで純度の高い

宮本さんの言葉が直接私の心を癒してくるから、

それまで堰き止めていた様々な感情の渦や思い出が解放される。

 

 

前日、恋人と一緒にこの歌も聴いてて、

この歌の中の

「20代 悲しみをしって目を背けたくって街をさまよい歩き

30代 愛する人のためのこの命だってことに 気づいたな」

恋人が私に「30代でわかればいいんだよ」って言ってくれたことがあって、

その時もだいぶ、泣きそうになったのだけれど、

生できいてもたまらない気持ちになったな。

20代、まさにこの通りであって、でもそれでいいのかと悩みながら生きて、

でも、前日には恋人に、そしてこの日宮本さんにも

そんな生き方でもいいのだと、肯定されたようで、

本当にこの歌と出会えて嬉しいと思った。

 

 

 

第2部

 

 

《20. 奴隷天国》

 

 

 

第2部のはじまりが奴隷天国って、

めちゃくちゃ気持ち良い。

 

でも、これな〜。

きいててちょっと辛いんだよな〜。

ドキッとする。ウッてなる。

つい笑ってごまかしたくなるから、笑っちゃうんだけど、

「何笑ってんだよ そこのお前だよ」

ってところ、まぁ本当にどうしても笑っちゃうんだけど、

実際生で聴いて、

ストレートに自分のこと言われてる気分になって、

少しいたたまれなかった。

ライブの力って怖いわ、強い、強すぎ。

 

 

ちなみに、

アルバム購入特典のリリックポスターは

奴隷天国だった。

 

 

 

《21. 珍奇男》

 

 

 

宮本さんが男椅子を持ち出し、

花道の先端に座って、

弾き語り始めた珍奇男。

 

歌い終わった後

「遠隔操作は難しいね」

って言ってた。かわいい。遠隔操作って。

宮本さんの歌ってたところと、

バンドメンバーとの距離が遠かったからね。

 

 

 


《22. Under the sky》

 

 

 

珍奇男からUnder the skyって面白い変調だな。

このはじめの2曲で割と長かったから

短めのやつを持ってきたのかしら。

 

こういうさ、

すごく昔の歌のあとに、

最近の、

しかも割と珍しい曲調の歌を持って聴けるのが楽しい。

ベストアルバムもそういうことができるけど、

こうして生でそういう歴史を感じられるのがすごく楽しかった。

 

 

 

 


《23. コールアンドレスポンス》

 

 

 

これもライブで聴き甲斐ある歌だよなあ。

 

「えー、発表します、全員死刑です。」

これ、聞けるんだもん、すごく嬉しかったな。

 

ものすごく強烈でとんがっているようには

聞こえる感じはなぜかしないけれど、

間違いなく強烈なこの歌。

 

この歌が作られたのは、

若いからこその感性ならではに感じる。

私も、こういう感性、今のうちにドンドン

アウトプットしていきたいと思わされた。

 刺激あるなー。

 

 

 


《24. 笑顔の未来へ》

 

 

 

これ、イシくんかっこよかった。

(え、それだけ?)

 

 


《25. TEKUMAKUMAYAKON》

 

 

 

「行くしかねえ」

セクシーすぎやしないか。

音源でもここすきだったんだけど、

生、ヤバイ。

すごいここでテンションあがるんだよなー。

本当に行くしかねえって思える。

 

あと、最後の

「戻りたい 戻れない」

も、その通りだと思うんだよ。

 

みんな戻りたいいつかがある、

私にもある。

戻りたいころがある。

でも、戻ったらダメだと思うんだよね。

私の場合、病気になる前に戻りたいってよく思っちゃうけど、

戻ったらまた苦しい日々が来るだけだから、

戻れない今は、苦しみを抱えた上で、戻りたいころを超えるくらい

前に向かっていけばいい。って偉そうなことを言ってしまうけど。

もはや戻れないっていうのは、いいことなんじゃないかと思う。

戻った方が、つらいかもしれない。だから、前を向く。歩き続ける。

めっちゃコケるけど、仕方ない。

つまり、「戻れない」のあとの「行くしかねえ」の生シャウトはめちゃくちゃ響く。

 

 

 

 


《26. so many people》

 

 

 

CDで聴く若さとはまた別のパワーを感じながらも、

この歌によって出たそのフレッシュさに驚いた。

 

観客の中でも、

昔からのファンっぽい人たちはこの歌を聴いて、

なんだか心なしか、すごく若くなってるような気がした。

気がしただけですけど、

なんだか、若さを与える歌だよなあこれ。と、思った。

 

 

 

 


《27. 夢を追う旅人》

 

 

 

「POWER」はいいと思うけれど、

「ひとくちのちから」が

なんというか、エレカシの歌というところから

少し距離ができた歌に感じてしまっていた。

 

私はこの歌、リズムも音も歌詞も好きだけれど、

はじめて聞いた時から(はじめて聞いたのはCMだったからかもしれないけど)、

その言葉だけに違和感を感じていたんだけど、

やっぱり、ライブという、

エレカシの舞台でこの歌のその箇所だけ、

浮いていたような気がする。

好きなんだけど、一言の瞬間だけ、ね。

偉そうにすみません。

 

でも、ここ最近の

宮本さんっぽさがすごく出ている歌だとは思う。

今だからできる歌の象徴なのだと。

 

 

 


《28. 花男》

 

 

 

これ聴いた瞬間、すこし寂しくなった。

「ああ、もうこのライブが終わっちゃうのか…」と。

第2部のラストの花男。

 

すごくアガる歌だけど、

ここでこれ持ってこられると、

寂しさが募る。

「さようなら」なんて嫌…。

涙ほろり。

 

 

 

 

これが終わって、

退場していったみなさん。

 

が!!!

アンコールで戻って来る!!

しかもイシくん、

大阪城限定Tシャツきてる!!かわいい!!!!!

 

 

 

 

アンコール

 

 

《29. 友達がいるのさ》

 

 

これ!!これ!!

もちろん色々な歌を期待していたし、どれも楽しみだったし、

ある程度セトリ予想してたりしていたんだけど、

なんか、自分の中で「友達がいるのさ」と「流れ星のやうな人生」

の二つのどちらかは絶対やってほしいなと

思っていたんだよ、だから、

これきたの、本当に嬉しかった。

 

はじめの「東京」以外は、

「大阪」に言い換えていた。

いいね〜粋よなあ。

でもはじめの東京が東京のままだったの、私は嬉しかった。

やっぱり、この歌は

「東京中の電気を消し」たからはじまる歌だから、

これでいいと思った。

そのあと大阪に変えたのはそれもそれで良かった。

 

そして、

生声の「あいつ、またでっかいことやろうとしてるぜ」

これ、興奮する。

実際男のファンの人とか、

ここでなんか叫んでいたのが聞こえたような気が。

そういう雰囲気を感じ取っただけかな、ちょっと忘れたけど、

この瞬間の会場のボルテージ、上がった気がしたんだよ。

 

しかも、歩くのも、車も、そして座るのもまでも、

「いいぜ〜〜」って言ってくれた。

もうなんでもOK!!って感じだった、宮本さん。

生きてるんだから、もう、なんでもいいんだぜ、って

そう言ってくれてる気がして、

宮本さんの器の大きさに感動していた。

 

それにしても、デーデを歌って、

友達がいるのさも歌うの、最高でない??

宮本さんの本能と、理性ではない、また別の本能がぶつかりあってる。

そんなセットリストだと感じることができた。

 

 


《30. おはようこんにちは》

 

 

 

純粋に疑問というか、

素直に驚いてしまったんだけど、

ここにきてこの迫力、何?

50歳たち、若すぎじゃない?

てもはやちょっと怖くなった、この歌の時。

 

あと、この歌のシンプルさを、

50の宮本さんが歌い上げるの、

すこく格好良かったなあ。

 

 


《31. 待つ男》

 

 

ああ、終わりだ。 

終わり。

これで終わり。

これを聴きながらも寂しかったけど、

今振り返って書いていて、

待つ男がきたことに、

「やっと全曲振り返れた」という思いと、

「もうライブ(について書くの)が終わってしまう…」と、

複雑な気持ちが入り乱れている。

 

「富士に太陽がある」

これが宮本さんが締めた言葉か。

そして、30周年のはじまる記念すべき1日目に、

ぴったりだったと思う。

やっぱり、最高のセットリストだったわけだ。

 

 

 

「総合司会の宮本です」

って、何度かいっていて、すごくよかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ライブのことばかり書きましたけど、

大阪城ホールライブの前日は、

池袋PARCOにて現在開催中の

「エレカシ写真展」にも

行ってまいりました。

めざましテレビで宮本さんがサプライズ訪問してるのみて、

羨ましくなった。

 

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あの、もう、

外みただけでも、素晴らしかったです。

 

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入場料300円でポストカードをもらい、

年譜を見て、

熱い写真を見せてもらい、

男椅子の展示まで。

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金継ぎしてるよ。最高。

 

 

 

入場料300円で

ポストカードに、この写真の数々。

 

 

安すぎない?という感想をいだける。

 

 

 

 

 

 

そして、それは

ライブにも感じた。

 

ライブ、まず、30周年で、

このクオリティ。圧倒的すぎる。

衰えなんて、ないんだよな。

とにかく一生懸命に、彼らのひたむきな音楽への愛が、

彼らをいつまでも老けさせない。

どこまでこの人たちは駆け抜けるんだろう。

チケット代の2倍までは高いと感じず出せるほど。

値段をゆうに超える質を提供するアーティスト、めちゃくちゃ格好良い。

 

ファイテングマンで誰もが感じたことであろう、

声が…。声が、もう、声が、出過ぎ。宮本さんの声。

すごい。一発で人を魅了する、

感情を全てかっさらい、宮本さんしか考えられなくなる、

そんな力を持った、爆発力のある声。

 

宮本さんの生声は、確かに美しく、迫力もあり、うまいというべきものなんだけど、

なんというか、世間一般の「歌がうまい」とか「美声」とか、そういった次元ではない。

世間のそれとはまた違うところにあるように思う。

誤解を恐れず言うと、安定感がないというか。

下手って言ってるんじゃない、下手なわけがない。

だけど、世の中の「歌がうまい」で終わる人って、

安定感がありすぎるんだ。

深さとか重さとか、そういうものの前に技術がきすぎているというか。

技術先行で、歌を歌う時になると技術を支える本来の基盤が薄くなって、

そもそもぐらつきやしない。

もちろんそれが悪いわけではないのだけれど、

宮本さんの場合、

技術が第一というより、ハートがあって、芯があって、

熱量が高く、熱すぎるから、技術も高いが歌の安定がない。

人生が出ている。

だから、いつまでも成長しちゃうし、この歳で、最高の声が出せる。

赤いスイートピーを原曲で歌えちゃう。

高音も低音も地声も自由に出せるなんて、素晴らしく安定していない。最高だ。

タバコをやめたこともあるんだろうけれど、

いつまでも、変わらずに声に熱がこもっていて、

素晴らしい歌声を披露し続けているその恐るべき身体性は、

その安定感のなさからくるものなのではないだろうかと思うのだ。

それは魂の叫びであり、いつも燃えたぎる彼自身を表しているから、安定なんてしていなくていい。

 

この宮本さんの声は羨ましいけど、嫉妬はできない。

ただ単に「すごいな…」と感心し感動するだけ。悔しくなれない。

から、私は歌うことは才能の中にないんだろうな。 

 

だけど、

宮本さんの歌のように、

誰かを励ましたいし、

元気付けたいし、

肯定したいし、

生きててよかったと思える何かをつくりたい。

それが夢であり、

それは絶対叶えたい。

宮本さんと形態は違えど、同じようなことを他のやり方で実現したい。

その宮本さんの力には大きく嫉妬するほどだから、できると思う。

絶対やる。

あと、いつか宮本さんに会いにいって、感謝を伝える。

一緒に仕事もしてみたい。

 

だから、とにかく今必死で生き抜いて、

たくさんのことを経験し吸収し、

今よりもっともっと大物になって、

宮本さんに会いたいし、

いろんな人を幸せにできる私になりたいと思う。絶対に。

最後はレポっていうよりライブをみて思った私の目標で申し訳ないです。

 

 

 

ここまで心が震え、

涙が止まらないライブはもう出会えないと思うほどだった。

 

エレファントカシマシ、

エレファントカシマシを支える大勢の人々と、

この30年があって、

本当によかった。

本当に。心から。

 

 

 

 

 

 

最後に、恋人に。

チケット取ってくれて、ありがとう。 

エレファントカシマシ30周年大阪城ホール“さらにドーンといくぜ!” ①

魂が魂を揺さぶるというのは、

こういうことなんだね。

 

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_______________________

 

 

デビューから30周年を迎えた、

エレファントカシマシの記念コンサート @大阪城ホール

 

ありがたいことに、今回こちらに縁があり、

素晴らしいものを見せてもらいました。

 

 

まず、以下セットリスト。

その後にライブメモと、

思ったこと感じたことを、

一曲一曲、丁寧に、書いていきます。

ここ、宮本さんの真似です。

 

 

【セットリスト】


第1部

 

01. ファイティングマン
02. デーデ
03. 新しい季節へキミと
04. 悲しみの果て
05. 今宵の月のように
06. 戦う男
07. ふたりの冬
08. 翳りゆく部屋
09. リッスントゥザミュージック
10. 風に吹かれて
11. ハナウタ~遠い昔からの物語~
12. 桜の花、舞い上がる道を
13. 3210
14. RAINBOW
15. ガストロンジャー
16. やさしさ
17. 四月の風
18. ズレてる方がいい
19. 俺たちの明日

 

第2部

 

20. 奴隷天国
21. 珍奇男
22. Under the sky
23. コールアンドレスポンス
24. 笑顔の未来へ
25. TEKUMAKUMAYAKON
26. so many people
27. 夢を追う旅人
28. 花男

 

アンコール

 

29. 友達がいるのさ
30. おはようこんにちは
31. 待つ男

 

 

_______________________

 

 

【感想メモ】

 

 

 

開演予定の17時を数分過ぎて、
彼らが登場してきたとき、

まだ4人はただ歩いているだけなのに、

溢れ出てくる涙を止めることができなかった。

 

驚いた。

 

 

泣いてしまったのは、

自分のどこかの感情が刺激されたから、とか、

そういうことじゃないのだ。

もしこの号泣に後付けの理由をつけるならば、

たぶん、「生きててよかった」とか、

そういう思いに集約できるのだろう。

だけど、その瞬間はそう思ったから泣けてきたわけじゃなかった。

 

アリーナ席ではないから、

それなりに距離はあったわけだけれど、

生の彼らを見て、

パワーというか、

彼らの魂そのものが、瞬時に私の魂を揺さぶりかけてきた。

自分の泣きように、自分でも驚いた。

 

なんだろうな、今思うと、

人前でずっと抑えてきたもう1人の自分が、

エレファントカシマシを見て、爆発したような、そんな感じがあった。

 

21の私。

まだまだ21だけど、だんだん大人になって

現実社会をむき出しで歩くようになると、

生き延びるために

自分が作り出した自分の殻がどんどん厚くなり、

そして今までにない色んな自分を作り出した。

 

作り出した数々の自分は

偽の自分ということではなく、

そんな自分も結局は自分なのだけれど、

彼らによって、

自分の一番奥底にある、

最も純粋な私を引き出され、

また、彼らの生き様が私に語りかけてきたような感覚があった。

 

登場シーンだけで語り過ぎてしまうな。

ああ。エレファントカシマシって素晴らしい。

 

 

《01. ファイティングマン》

 

号泣。

 

宮本さんは人の力を信じているんだ。

 

宮本さんが作ったあの歌詞、あの曲調で、

宮本さんが歌うなんて、

こんなに素晴らしいことをこの目で見れたんだ。

 

「お前の力必要さ」「俺を力付けろよ」

「自信を全て失っても誰かがお前を待ってる」

そんなこと言われたら、生きるしかなくなる。

 

歌詞が好き!歌詞がいい!って、

他のアーティストの歌にも多分に感じるのだけれど、

エレファントカシマシの歌の歌詞って、

ファイティングマンの歌詞って、

魂レベルで、根本から自分を肯定してくるんだよ。

私の名前とか、人種とか、性別とか、

ましてや性格や経歴とか、そういうものじゃなくて、

私が私であることを肯定される。

 

歌詞がいいとかそういう次元じゃないんだよ、

宮本さんが語りかけているんだ。

何度も歌っている歌を聴いてるという話じゃない、

宮本さんの言葉を聴いていたんだよ。

ライブは生でまさにシャウトを聞けるものなんだと思ったね。

宮本さんの叫びを、彼の言葉を、

枯渇した自分の内の私が受け止める覚悟がなかった私は、

まず泣くことしかできなくて、

聴きながら、彼らの格好良さをこの目で確認できるありがたさに、

再度、目を潤すことになった。

止まらない涙。

 

 

 

 

《02. デーデ》

 

 

デーデはライブ映えする歌だと思ったけれど、

まさに、そうだった。

 

聴いていてめちゃくちゃ楽しかった、

お金持ちになりたいよ。

たいていの悩み事なんてお金で解決するなんて、

そんな世の中の真理を、

こんなストレートで純粋な歌を、

今の私と変わらない年から作ったんだもん、

敵わないよ、宮本さん。

すごいよ、宮本さん。

 

この曲終わって、正装にと一瞬はけた宮本さん、

ジャケットを着て帰ってきました。

 

 

《03. 新しい季節へキミと》

 

 

ライブ映像でこの曲を聴くと、

「ストリングスの曲の引き立て方ってスゴイんだな…」と

CD音源では気づかなかった発見があった。

今回このライブでそんなストリングスのすごみを生で聴けた。

 

ああ、今も感動してるよ。

思い出すだけで、

ストリングスに注意しながら音源を聴き直してしまう。

 

ライブの楽しさは、こういうことなんだ。

エレファントカシマシ以外のものが足される。

そんな姿をこの目と耳で生で感じる楽しさ。

エレファントカシマシがエレファントカシマシを超える瞬間。

ライブは奇跡が起きている。

 

新しい季節をキミと、私のこれからのテーマでもあります。

 

 

《04. 悲しみの果て》

 

 

号泣。

 

いつも辛い時、

この歌を思い出すのです。

そして、なんども聞き返す。

 

私の部屋には、

「悲しみの果ては素晴らしい日々を送っていこうぜ」

と自分で書いたボードを置いている。

悲しみの果て は私の支えで、

これを生で聴けると思うと、ライブ前から緊張していた。

 

とても個人的な話ではあるのだけれど、 

ライブの数日前、

病気の症状が再燃した。

毎度ながら悲しみに打ちひしがれ、この世を恨みたくなる。

 

でも、ただ悲しんでいるだけじゃもったいないから、

いつもいつも、少しでも立ち直りたくて、

この歌を聴いている。

この時もそうだった。

宮本さんの男前な姿が眩しく、

この曲のシンプルな、力強い歌に、

励まされるつもりが、ボロボロ泣かされた。

 

前が見えない。先がわからない。

いつどうなるのか、

いつ光が見えるかわからない闇の中で、

私はただ、その果てに

素晴らしい日々を送っていく、という

漠然とした、そんな決意しかできない。

でも、その決意が、もっとも私を立ち直らせ、

人生に立ち向かわせてくれる。

 

だから、この歌はとても特別で、

本当に生で見れた感動に、号泣も号泣です。

生きててよかった。

 

 

《05. 今宵の月のように》

 

 

「石くんがインタビューで好きって言って気付いた、

俺もこの歌大好きです」

という、そんなMCから、今宵が始まった。

 

今回のライブで、第1部では宮本さん、

「今日は丁寧に一曲一曲紹介していきます」

と仰っていたのだけれど、

宮本さんの思い出とともに、

曲が身近に感じられるMCが入っていた。

 

宮本さんのMCって、

どれも完璧ではなくて、

宮本さんの中では頭の中では繋がっていて話しているのはわかるんだけど、

構成という意味でいうと決して完璧というわけではなく、

MCさえライブ感が強く、

今でないとでてこないという、

そんな鮮度を感じる文章を放つ。

だから突拍子もない話になったりする。

 

宮本さんは本気で話しているんだけど、

それがすこしおかしくて、面白く聞こえる時もあって、

会場からはその話のおかげで笑い声もする。

私も笑ってしまう。完璧でないからと蔑む笑いでは決してない。

羨ましいくらいに、純粋に、ただ面白いから笑ってしまう。

 

このMCも、笑いが起こるのに、

曲が始まった瞬間、会場中が瞬時に歌に吸い込まれる。

笑いがピタリと止まり、しゃべる宮本さんから、歌う宮本さんに目を向ける。

とても不思議な光景を見、不思議な雰囲気に包まれた気がした。

このバンドの魅力が大きすぎて、とても平常心ではいられない。

熱い涙が溢れる。

 

 

《06. 戦う男》

 

 

戦う男、ライブで聴くと、

「めっちゃかっこいいな」と再確認する。

男であるのが羨ましくなってしまうよ。

 

タイトルからわかるけれど、

もう、かっこいい歌だよ、本当。

野茂さんね。

燃えろよ〜〜〜〜

 

 

《07. ふたりの冬》

 

 

お恥ずかしながら、きいたことがなかったのです。

このライブではじめて出会った曲だった。

 

大阪城ホールに去年の夏に撮影できた時、

大阪城の周りをゆっくり歩いたんだって、宮本さんは。

そこから、散歩の話になって。

「散歩はいい。若い頃はお金を持ってなかったから散歩をしてた。」

三鷹の方とか武蔵野とか、文豪達のゆかりの地を歩いていた宮本さん。


お金のない時よく散歩をしていたようだけど、今も散歩は好きなんだよね。

結局、「お金を持ってようがもってまいが散歩はいい」

と言った宮本さん。

私もたくさん歩こう。

武蔵野の方なんて、全然行ったことないんだけど、

すこしでも宮本さんの見てきた世界を私も見たくて、

行きたくなったよ。

 

観光って、人が作り出すんだよね。

ある人が、人が輝いてたら、その人がいる土地が観光名所になる

といっていたけれど、本当にその通りだと思う。

宮本さんに近づきたい。

散歩しよう、東京の西側を。

 

 

《08. 翳りゆく部屋》

 

 

日本の名曲だと紹介していたこの歌。

「究極のラブソングであり、こんなラブソングを書きたい」

という宮本さんに感心してしまった。

極めたラブソングを作りたいと彼が言ってくれて、

ラブソング好きな私が報われた気がした。

 

カヴァー曲の中で

唯一音源化している翳りゆく部屋。

毎度毎度、この歌を聴くたびに、

宮本さんの、音楽への愛と尊敬を感じる。

 

あ、歌う直前、
「エレカシの翳りゆく部屋」って言ったのに、

「荒井由実の翳りゆく部屋」って歌う直前に言い直した宮本さん、

よかったな。

エレカシの翳りゆく部屋でもいいと思ったんだけどな。

敬意が大きすぎるのか、言い直しちゃったよ。

いい人だなって思ったよ。面白い人ね。

 

 

《09. リッスントゥザミュージック》

 

 

さっきから感動したとかいっちゃっててるけど、

あの、もう、感動という言葉、この人たちの前ではチープなのではないのか。

 

荒井由実の名曲を、

日本の名曲であり、

最高のラブソングを作りたがった彼が、

翳りゆく部屋の直後にこの歌を持ってきたこと、

本当に鳥肌がたった。本当に。

 

愛と敬意はもちろんのこと、

宮本さんの小さな抵抗と大きな意思が見えたような気がした。

格好良すぎるのよ。

 

それと、金原さんと笠原さんの演奏。

 

特に金原さんのロックなヴァイオリンさぁ…

とんでもない瞬間をみてしまった。

恋人が、

「音楽好きな人は誰でもあれをみたら『これはただことじゃない』って思うだろう」

って言ってたんだけど、

本当に、ただごとじゃなかった。

 

多分、リッスンをはじめて聞いたとして、

いや、もし日本の言葉もわからない異邦人としてこの歌を聞いてたとしたって、

私はこの歌に見惚れていたにちがいない。

ああ、ヴァイオリンをやりたくなった。

こういう音楽、あるんだ。

こういう音楽の作り方が、楽器の活かし方があるんだって。

映像も素晴らしかった。あの写し方…。

 

宮本さん、

宮本さんは最高に究極のラブソングを作ってるよ。

日本の名曲だよ。

あなたの曲はこうして簡単にも涙を誘い、心を揺らしてくれるんだ。

セットリスト、ここで最高が決まったも同然。

はじめから最高だったけど、最高of最高になった。

 

 

 

_______________________

 

 

だめだ、長くなりすぎちゃう。

つい、忘れたくなくて、

誰かに伝えたくて、

長くなりすぎてしまう。

 

書くのも、そしてきっとあとから自分が読むのも

体力が必要になってしまうから、記事を分ける。

②に続かせます。

 

ああ、最高だな、忘れたくないな、忘れられない。

戻りたい。昨日に。

世界睡眠会議presents 「睡眠は踊る」より豆知識

睡眠に興味があり、

質の向上を考えている、

そしてトークショー出演の

ジェーンスーさん、中野信子さんに

とても興味があるので、

行ってきました。

 

そこで習ったこと。

きっと、睡眠に関することで悩む人も

少なからずいると思うので、

その人たちの役に立てたら、

そして自身の備忘録のために、

書き残しておきます。

 

 

 

①朝型・夜型は遺伝的

 

 

朝型の方が「正し」くて、

夜型はダメ人間…

みたいに思われがちな昨今。

特に、早寝早起きは美容にいいだとか、

ビジネスにとってもいいだとか、

色々言われるけれど、

本当は遺伝的に朝型・夜型が決まっている。

 

そして、

人の一生の中でも、

夜型になりやすい時期と朝型になりやすい時期があるそう。

夜型に最もなりやすいのが10代後半。

この頃は朝型も夜型になりやすく、

夜型はこの時期になると夜明け過ぎまで起きてられる。

 

だから、

睡眠で人間的に良いか悪いかは一概に決められない。

 

 

②人間のリズムは24時間ではない

 

だいたい24時間なだけで、

きっちり24時間じゃなく、24+?時間だとか。

だから後ろ倒しはしやすく、

そのために夜更かしは楽にできる。

寝る時間の前倒しは中々難しいのは万人共通?

体のリズム的に仕方ない

 

 

③寝つきを良くするためには少し難しいパズルを

 

眠くないとき、

眠りたいとき、

科学的に最も眠りを誘うと現在言われているのが、

少し難しいパズルを解くということ。

数独をやったり、クロスワードをやったり。

 

 

④寝る前のスマホは確かに良くない

 

日々のストレス解消をしなければ

睡眠も上手く取れなくなるので、

スマホがストレス解消を助けるのなら制限されるものではないけれど、

やはり寝る直前は良くないみたい。

入眠儀式になるものならいいけれど、

上にあげたような代替入眠儀式を探そう。

 

 

⑤睡眠中に音を流していてもいい

 

たまに、

睡眠中に音楽をかけると、

脳が働いてしまってよく休めない、

という話を聞くことがあるけれど、

寝付くためにラジオを聞いたり音楽を聞くのは別にいいみたい。

 

というのも、睡眠中に脳は休まっているというが、

ホルモンの分泌等で使う脳の部分は働いているし、

休めるところが休んでいるだけなので、

そもそも睡眠中も脳は働いているもの。

 

確かに耳が音を受け入れてはいるものの、

その音を分析する脳の部分は使われていないから大丈夫らしい。

 

特にラジオだけど、

面白すぎるラジオは覚醒してしまうから、

どちらかというと説明口調のもの

(YouTubeにある解説動画の音を聞いたり、

講義系のポッドキャストなど)

を聞くといいらしい。

 

 

⑥睡眠前のお酒は老ける

 

睡眠直前にお酒を飲むと、

なにかのバランスが崩れるので(詳しくは忘れた)、

健康上は問題ないが、

老け込むスピードは早くなるかも。

 

 

⑦女性は睡眠弱者

 

体の構造的に、

男性よりも睡眠やホルモンのリズムが不安定なので、

望んでいないのにも関わらず

眠りが浅くなったり深くなったりしやすいので、 

本人の意思が弱いなどということではない。

 

ただ過労に気をつけるなど、

日頃から意識してあげることで改善はされる。

 

 

⑧眠りのゴールデンタイムは人それぞれ

 

よく、

22-3時の間は寝てた方が成長ホルモンが、

と言うけれど、

ホルモンの分泌は

眠り始めてからの時間でなされるものなので、

実は人それぞれだったり。

 

 

⑨生活リズムは良い方が良い眠りになる

 

とはいえ、

上で書いたことは、

あくまで「だからそんなに深刻に考えなくてもいいよ」というものであって、

睡眠時間の長さや、

日中の活動量は気にする必要アリ。

 

たとえば睡眠時間が8時間より短くなると

肥満の可能性が高まるし、

カロリー摂取量が変わる。

これは、睡眠時間が減ることで

食欲を抑える役割のレプチンが少なくなり、

食欲中枢を刺激するグレリンが増えることに起因すると。

 

つまりこの場合、

睡眠を気にしてあげることで生活リズムもよくなるって感じかな?

 

それと、

日中の活動量が少ないと寝付けづらくなったり、

手足が冷えるとこれまた寝付けなくなるなど、

日々の生活リズムを狂わせない・体調に気を遣うことが、

眠りの質を高める秘訣であるのは間違いなさそう。

 

(冷えは自分も大きな不調なので

ちゃんと記しておくと、

睡眠に入る流れとして、

深部体温の下降が眠りにつながるのだけれど、

深部体温が下降する=深部の熱が体の表面を通して外に逃げる

ことなので、

眠い時は体が熱くなっているように、

深部体温が下降し表面の体温があがると眠くなる。

 

ただここで表面が冷えてしまってると、深部の熱が逃げられなくて、

眠りづらくなるのだそう。

冷えは不調を引き起こすだけでなく、

睡眠にも影響があるとのこと…

ほんと、治さないと…)

 

 

 

 

確実にまだあるんだけど、とりあえずここまで。

また思い出したら書きます。

無駄に生きる

昨日、生きるということについて

ブログを書いてみて、

ちょっと続きみたいなようなもの。

 

 

 

最近、

といってもここ一年くらい、

よく考えていること。

 

今私が生きているのは、


「今の自分より自分をもっとよくしたい」
「病気を治したい」
「もっと楽しく生きるために頑張りたい」

 

と、そう思っているからです。

 

でも、そのように強く思う一方で、

こうも感じるのです。

 

生きるって、どう考えても非効率的だな、と。

 

 

 

 

そう考えるようになったのは、

いつ治るかわからないような、

先の見えない病気と闘うようになってからだと思います。

 

私にはいくつも夢があるし、
やりたいこととかあるわけだし、
辛い時は、いつかある楽しいことを、希望を、

そういうものを目標に、

なんとか生きようって思ってたけど、

 

本当に良くなるか、

いつかある楽しいことがちゃんと来るのか、

頑張っても報われないことだってあるじゃないか、と

どうしても、未来への幸福に懐疑的になってしまうのです。

 

 

究極、人間なんていつ死ぬかわからないじゃない。

 

なのに

「何年後にはこういうことしたいから今は頑張ろう」

って思うのって、人間の傲慢さがよく表れているなと、

夢を語るのも、夢を持つ人間も大好きな一方で、

そんなことを感じる自分も少なからずいるのです。

 


そんな見えない未来、

来ないかもしない未来のために頑張るなんて、

もしかしたら無謀だし、

確実じゃないのになあって。

 

 

 

でもそれでも今日、
ある人が

「今が辛くても無駄に生きた方がいいよ」

っていっていたことを聞いて、

(まぁそれは昨日の記事でも影響を受けていた

伊集院さんなんですが、)
「無駄」って言ってくれたことに、

ある意味救われました。

 

無駄でいいんだなあって。

辛くても、とりあえず、無駄に生きてみようって思えました。

 

 

 

 

頑張ろう頑張ろうって、

自分の幸せのために頑張ろうとしてたけど、

もうそれもよく疲れてしまいます。

 

毎日のように、

1日の中で、何度も

「頑張ろう」「頑張る必要なくない?」「それでも頑張ろう」「頑張って何になるの」「頑張るんだってば」「もう疲れたよ」

なんて、そんなことが繰り返されます。

 

 

先ほども、そんなことがあって。

もう、嫌だな、すり減ってきたな、

と思ってた時、

「でも頑張ろう、頑張って強くなろう」って決めたけど、

少し考えてみれば、

そう思うのは、悲しいことがあった時、

それをバネにして強くなってくれないと、

ただ悲しいことがあっただけでおわってしまうから、

そんなのは嫌だから必死で意味づけをしようとしてるだけなんじゃないかと。

 

「強くなる」って決めたのに、

それも疲れてきて、

 

「今頑張ろうとしてること、絶対いらない頑張りだ」

 

と言ってしまったのです。

 

自分に白旗を上げました。

 

そしたら、

それをみてくれたからかわからないけれど、

ある同級生が、

 

「ねえねえ、生きることも突き詰めていくと本当は人にいらないことで、だからより良く生きるための頑張りもそもそも必要の無いことってことにはならないのかな。
そして人間は必要の無い頑張りとか生命力に美学を感じる生き物だよね!」

 

と私にメッセージをくれました。

 

無駄に生きてると、

ちゃんと要所要所で、

救われるような言葉をかけてもらえる場面にも、

出会えるものなんですね。

 

 

頑張りなんて、

無駄でいいんだな。

生きることも、多分ほとんど無駄だし、

だけど、無駄に生きるんだ。

 

どうなるかわからない、
必要ないかもしれない、

無駄かもしれない、そんな頑張りに

美しさを見出してくれる人がいるなら、

そのためにでも私は生き続けようと
彼女の言葉で思えました。

 

生き様が美しかったら、

そう言ってくれる人と出会えたら、

いや、自分が自分にそう言ってくれたら、

最高です。

 

 

明日はたぶん、

起きる頃には目を腫らして、

別人のような顔になってるだろうけど、

無駄に生きた結果、

泣いたし、

まぶたも腫れるし、

私には明日も多分来るし、

そうしてこれからも無駄に生き続けるんだろうな。

 

今が辛くても、

だんだん良くなると信じるしかないんだよな。

もしかしたらそんなことないかもしれないから、

信じることも無駄かもしれないけれど、

まあ、無駄でもいいじゃない。

 

無駄に悩んで、無駄に悲しんで、

無駄に怒って、無駄に寂しくなって、

無駄に幸せもたくさん感じてみて、

全ての生きる無駄を体験するために、

そして無駄に生きるために、

今まだこの世に存在しているのかな。

 

 

そんなことを考えました。

「生きる」ということ

今世間が注目してる話題の一つが、

ある若い女優さんが出家するという話。

 

だいたい、

 

・仕事を途中で放棄すること

・新興宗教の信者であったこと

・事務所の待遇

 

と、

まぁその辺に対しての意見が多いように思うんですが、

私も一番はじめは

「えっ突然出家???」

と耳を疑い目を疑い、

ニュースで「契約はまだ残っている」っていうから、

そのあたりに対して

「それどうなんだ」と率直に思ってしまいました。

 

だけど、

思ったあとすぐに、

「私人のこと言えない…

逃げてばかりで今生きてるのに…」

と気付いて、苦しくなりました。

この辺りについて思ったことを書きます。

 

 

 

 

命を絶つことを考えるほどの状態で

生き続けるというのが、

どんなに辛いか、よくわかります。

 

今回の一件にどんな背景があったのか、

私は全くわからないので、

何かを、誰かを、

強く非難するということは出来ません。

同じように、全面的に肯定することも出来ません。

 

だけど、

私が一つ思うことは、

そんなにも苦しい状況だったなら、

少しでも心が休まる方向に目を向けて、

その道を選択できたなら、

それは良かったなと思うのです。

 

 

 

映画を作る人が、

「どれだけの人が携わっているのか、どれだけ迷惑するか考えろ」

と言っているのを見かけました。

 

私も、本当に短い期間ではありましたが、

15秒の映像を作る世界をこの目で見て、

なんと多くの人が、

15秒のために、

たくさんの能力と時間とお金をかけて、

精一杯働いているのだろうかと、

その世界に感動しました。

 

 

15秒でさえ、本当に大変だったのに、

映画ともなれば、

何時間もかかる映像であり、

エンドロール見れば分かる通り、

倍以上の人手と労力がかかっていることでしょう。

 

だから、

そんな自分たちの努力が

1人の勝手な決断によって

踏み躙られたと思う人は憤りを感じるだろうし、

はじめは冷静にいられないんだろうと、

そう思います。

 

 

ただ、あまりに多くの人が、

そして発言に影響のある人が、

 

「途中でやめるのはプロとして失格」

「会社員はそんな簡単に仕事を辞められない」

「自分勝手すぎる」

 

という持論を展開していることに、ショックを受けました。

 

 

 

この一件に関して、

私も精神を壊して、

今も治らず毎日闘って生きてる以上、

ある意味まだまだギリギリなので、

勝手に自分を重ねて、

世の反応を見てしまいます。

 

 

先ほど書いた通り、

15秒という時間にたくさんの大人が

力を合わせる姿を見て、

昔から憧れていた世界に、

私は改めて尊敬の念を抱きました。


しかしそんな業界の、

トップに君臨する会社で起きた悲劇が、
去年大きなニュースとなりました。

 

 

「勝手に死んで迷惑してる。」

という人も見受けられたし、

あの一件で出た影響が、

必ずしもいい方向にばかり作用しているわけではないこともあります。

 

でもほとんど多くの人は、

あのニュースに対して

 

「やめればよかった」

「相談する場があれば」

「逃げてもいいのに」

「あんな未来ある若者を殺した罪は重い」

 

なんて言ってたくせに、

本当に仕事を残したまま逃げた人を見ると、

そんな風に言う流れが強いんだなあ、

と、悲しくなりました。

 

これじゃあまだ、

「辛い」なんて言いづらいよね。

言っても相手にされないし。

 

なんせ私も、

途中でやるべきことを投げ出して、

自殺した女性社員や

話題の女優さんほどではなくとも

多方面に迷惑をかけ、

そうはわかっていてもそんなこと考える余裕もなく、

逃げました。

多分、今も逃げて逃げて生きています。

 

だから、

この世論を見ると、キツかった。

 

 

それに対し、

「逃げることは悪いことじゃない」

「生き延びるためには仕方ない」

「精神が追いつかない人に責任を求めるな」

といった旨の主張を見る度に、

その通りだと思ったし、

Twitterではそんなツイートをリツイートしました。

賛同するから自分のタイムラインに刻むのです。

 

 

…だけど、

そういう意見に賛同するということは、

今のこの、逃げてばかりの自分自身を肯定し、

弱い自分・ダメな自分を認め、

甘やかしてることになってるのではないかと、

そうも思っていました。

だから、少し、そんな自分が嫌でした。

 

私は、人の気持ちを思いやり、

追い詰められた状況に寄り添うことのできる、

少しばかり優しい人間になれたのかもしれないけど、

依然として人の役に立つ何かを出来ていません。

 

むしろ、迷惑かけっぱなしで、

周りにとっても触れづらい人の一人のようになってる今の自分が、

活躍できる居場所が見つけられていなくて、

まだまだこの社会で生きれていないのです。

 

「勝手すぎる」という意見ばかり見たせいで、

「そんなことより生の方が大事だろう」という

自分の気持ちがブレました。

 

東京にいるのに、東京で生きれていない、

そんな辛さから、自分を肯定したくて、

そういった言葉に賛同するというよりも、

自分が癒されているのではないかと、

そう思っていました。

 

 

そんな時に、

伊集院光さんがラジオで発言したことについてのニュースを目にしました。

 

・清水富美加への「仕事放棄」批判に異論 伊集院光「『死にたい』と言っている人に...」(J-CASTニュース) - Yahoo!ニュース
http://srd.yahoo.jp/new/hl?a=20170214-00000008-jct-ent

 

・伊集院光、清水富美加を巡る騒動に「意見が一色なことに気持ち悪さを感じる」(スポーツ報知) - Yahoo!ニュース
http://srd.yahoo.jp/new/hl?a=20170214-00000112-sph-ent

 

 

この記事で伊集院さんが言っていたことを見て、

心がとても落ち着いたんです。

私の感じてたことは何もおかしくなかったなと気付けたんです。

 

ラジオを聴き直すと、

伊集院さんが

「(有名人の多くの批判が)正しい正しくないかじゃなくて参考にならない」と言っていました。

 

必ずしも、「正しい」「正しくない」で見なくてもいいのか、と思いました。

 

 

「私は『正しくない』生き方をしているわけでも、

『正しくない』考え方をしているわけでもなかった。」

 

「その人は、その言葉は、

自分を救えるものなのか、

そういう点で、『参考になること』に

目を向けていいのか。」

 

「『こうでなきゃいけない』っていう、

正しさばかりを考えて苦しくなる必要もないのか。」

 

そう思えました。

 

 

私は、

未来が見えない、先行きの見えない、

そんな不安の闇を、高校三年生の秋から、

ずっと抱えていて、

3年経った今でもそれが変わっていないという事実に、

毎日恐怖を感じて、苦しくなります。

今でも、一人でいる時、急に泣き出すこともあって、

そんな自分が嫌だけど、

そんな自分がまだ残っています。

 

それでも、

人や、音楽や、映画や、本や、ラジオや、ミュージカルなど、

様々なものから力をもらって、今なんとか

生きています。

 

誰かの発した、書いた言葉は、

そんな見えない恐怖を

いつも少しずつ和らげてくれて、

ここまで私を生かしてくれました。

 

言葉に助けられるだけでは、

事態は何も変わっていないように思いますが、

確実に、生きてる自分が存在していること、

それは一つの結果です。

 

まだ見通しは何もないけれど、

それはまだとても辛いけれど、

今生きてるということは、

たくさんの事物に力をもらって、

助けられ、支えられ、

生への選択をし続けた、

そんな私がいるということです。

 

女優さんにとって、

自分を助けてくれた存在が、

周りの大人ではなく、宗教だった。

信仰心と、その教えが救ったのでしょう。

 

どうであれ、

生きていてくれたことは奇跡だと思います。

 

 

人は、

「ない」結果は見えません。

今ある結果しか見えないものです。

彼女が死んで「ない」から、

その点を考慮するのは難しいことでしょう。

だけどこのニュースの裏には、

早すぎる死を回避できたという結果があると、私は思います。

 

「死にたい」と言っていたのが本当かわからないし、

その気持ちがどこまでのものだったかわからないけれど、

生きているということは、

頑張って生き延びたということです。

この女優さんに限らず、

誰しもにとって、それは不変の事実だと思います。

 

死んでないって、すごいこと。

本当にありがたいこと。

 

 

もちろん、

なるべく、生きるに加えて、

自分の責務を全うできるように生きることができたら、

それが一番望ましいでしょう。

でも、皆が同じように出来るわけではない。

 

迷惑をかけるなといったって、

人に迷惑をかけないのはまず無理だと思います。生きる上では。

 

迷惑の度合いが大きくなりすぎないまでに、

小さな迷惑をかけあい、それを許し、

そしてその中で助け合うことが、

人を生かすことなんじゃないかと思います。

 

何が正しいかなんてわからないけれど、

生きる希望を見失わずにいられたなら、

それはそれでいいんじゃないか。

とはいえ、

もしも死を選ぶことが参考になるならそれでもいいんだろうし。

 

少しでも心が休まる方向に向かっていければ、それは生きる上での成功なんじゃないでしょうか。

 

何を選び取るかは自由だけど、

何を選んでも幸せになれるようにしていけば、

それはもうものすごい成功かもね。

 

きっとこれから色んなことがあって、

この女優さんを取り巻く環境でも

問題は起き続けるだろうし、

それは私にもそうだろうし、

誰にとってもそうでしょう。

 

あの人も、私も、周りの大切な人たちも、

少しでもたくさん幸せに生きれるといいね。

 

難しいようで簡単なようで、やっぱり難しいようで、でも実は簡単なような。生きるってそんな感じですね。

 

もうちょっと頑張って生きてみます。