実名

私の母校はSNSにとても厳しい学校でした。 


その反動か、卒業した瞬間にTwitterを実名にしました。 

鍵もつけず。 




それまでも、

鍵付けたり本名ではなくとも、 

TwitterやFacebook、ブログやリアルなどはやってきてはいたので、 


というか、 

言ってしまえば小学生の頃からHPを作ったり(@pepsやモバスペ)

していた現代っ子だったから、


 母校のSNSへの対応だけは私は順応できず、 

このことで2度も学校から摘発され注意され叱られ反省文を書いたくらい、 学校的には悪い子でした。 




たまに、どうしてTwitterを実名でやるのか聞かれることがあります。 



先日美容師さんに 「Twitter実名でやってますよね?」 なんて聞かれたことがこの投稿をするきっかけになりました。


 その方はその質問に深い意図もなく、 会話の流れでただの確認程度に聞いたのだと思いますが、

  顔の広いその美容師さんでさえも、

Twitterを実名でやっているお客さんが大多数っていうわけでもないからわざわざそういった確認をしたのかな?

と思うと、 


なんで私は実名で公開しちゃっているのか? と考え始め、

 今まで数人に聞かれたTwitter実名理由についても、 

自己理解を深めながらこの場であかしていこうかな、なんてとても偉そうなことを言ってみます。 



 まず、私のツイートは 

どうでもいいツイートばかりだと思っています。 

いやまぁ実際つぶやくなんてことは大体生産性のないものだとは思うけど。



 他人からすると、 

よくタイムラインを埋めてしまう私は、 

フォローしている人の中でもうるさいランキングに堂々とおさめられる気もしますが、 



人の目を気にしまくる私としては、

 あれでも考えて、


本当に書きたいことの4割くらいは

 胸の内におさめ、



あとの自己審査に通過した6割程がツイートされています。 




だから本当は私の心の中の思いってとってもうるさいんだと思うのです。





 よく、 


「ああ、テレパシーができたら、

喋ってはならない環境でも友人と会話ができるし、

好きな人たちに思いが伝えられるのに」  

と、昔から思ってきました。 


中高時代はバスケをやっていたので、

 もしテレパシーができたのなら、相手チームに読みがバレることなく動けるのに、

なんてことも思っていたりしました。 で



も、実際心の声がだだ漏れになってしまうと、

 伝達不必要なことまで相手に伝わり、

それはそれで申し訳ないので、 

やっぱりテレパシーできなくてよかった、とも思います。



 で、なぜ私が実名でやっているかというと、


 まず当初の目的(ツイッターを始めるにあたった目的)は、



 ・自分の思った事を形にして半永久的に残るネット上で保存をしておきたかった 

 ・好きな人を追いかけたかった というのがあります。



 ここでいう好きな人というのは、

恋愛感情・性的欲求が含まれる相手ではありません。




  実名なら、好きな人たちから、少しでも私の名前や私の思いを見て覚えてもらえるのではないか



と考えているからなんです。



 私は基本的に、 誰か一人だけでも、

その人の記憶に残ったまま死にたいと思うタイプです。 


高校時代仲の良かった先生にそれを伝えると

「僕は誰にも覚えられずにひっそりと死にたい」

っていわれて口論になったくらい。



 でも、誰からも覚えてもらえずに死ぬのだけは嫌な私は、 

どんな形でも誰かの記憶に入りたいんです。 

しかもそれが好きな人たちの記憶の中だったら最高じゃないですか。 


だから、生きているうちに、 



「こいつ、俺の事をそんなに好いてたのか」 


って思わせたいんです。 



書いてて、ものすごくエゴだと気づきました(笑)。 





で、結局それが効果あったのかというと、 

  少しはありました、たぶん。



 好きな人たちのなかでも特に私の人生の一部(勝手に)となってしまっている相手が、

 実名でやっているからこそ 

私を私と知っていてくれてることを知った時、



 効果があった、ツイッターをやっていてよかった、

と心の底から思いました。 




今はいい時代ですね。 (前置きが長くて締め方が最高にひどい例です。)