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みんなすごいね

私が去年から今年の春にかけて通っていた学校は留学準備学校のようなものなので、一年を通して英語をやるわけです。

で、私の同級生たちって、自分の英語力に関わらずSNSで英語を使って自分の考えを発信したりするんです。 あれを見るだけで感嘆するとともに嫌気がさします。

自ら英語を遠ざけている自分や、それによって惨めな気持ちになる自分に。

この一年ちょっと、神はなぜバベルの塔なんかをお創りになったのかと、何度もこの世界を恨みました。 成長しない自分ではなく、それには目を瞑って、この世界が嫌いになりました。

しかし、最近はある方のおかげで、

卒業してからも英語を使わなければ人とコミュニケーションを取れない状況にいます。

英語を使って文を書き

自分の気持ちを表し

相手の意向を読み取り

会話を続けていく

って、正直死ぬほど面倒だなとかも思うんですが、 でも私もその人のこと好きだし、

相手のこと知りたいし、

私のことも知ってほしいし、

お互いの考えを話し合って深めたりしたいから、

英語を使いメールでコミュニケーションをとります。

会話だったらそんな暇はないから会話はメール以上に嫌いですけど、

メールは文法を確かめたり知らない言い回しを検索してから

コミュニケーションとれるので、まだ好きです。

そういえば昔から、

話すより書くことの方が自分の気持ちを素直に表せる気がするし、

書くことで自分をより理解することができる気がして、

書くことが好きでした。

通っていた学校の入学時のクラス振り分けのテストは、

TOEFLのペーパーと、一つの紙にお題に沿って自分の思いを英作文するというものがあったんですけど、

あの英作文がもしネイティヴの前で話すスピーキングだったら、

私はもっと今よりクラスは下がっていたと思います。

だって、私はあの英作文で、

自分のわからない英単語は日本語で書いて提出しました。

「The patient and his family cannot believe he has 赤痢.」 とか、そんな具合です。

あんな低レベルなことをしてよくあのクラスに入れたななんて思ったりもしたけど、

でもそういう応急処置が、書くことの方が融通効く気がして。

話してるときにわからなくなったらジェスチャーで伝えればいいのかも知れないけれど、

私の場合、

「わからなくなった!」

と気付いた瞬間、

冷や汗ダラダラ、視界は狭くなり、ほとんどパニックに陥ります。

そして、自分自身も相手もひどく恐ろしい存在に見えてきて、

プチ鬱になること間違いなし。

書くことはそこまでのストレスがないです。

それでも、英語で何かを書いたりすることが好きなわけではないし、できれば全部日本語で書きたい。

でも、英語の方が色んな人に自分の考えを伝えられるのも事実。

とても難しく、ストレスフルなことを、どうしてみんなあんなにやっているのか、不思議です。 いい意味で不思議です。

だいぶ話がそれたけど、この学校の人たちはそうやって、自分から言語を使おうとする精神が本当にすごいなと思います。

やっぱり言語は使わないと慣れないし、覚えられないし、自分のものにできないですから。

私はそれができず、英語も、そしてプログラミングも諦めてしまって、余計に自分が嫌いになっていったのでした。