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仮説

摂食障害についての自己の発見です。

ただ辛いってこと言ってるだけでもあるので、

こういうの嫌な人は今すぐ戻ってください。

すみません。

でも、まぁいつか誰かの役に立つはずだと思ってる大したことない発見メモとして。

 

 

 

 

「食べる」って、

能動的行為の中で最も差別を受けないものだなと思った。

 

言葉を書く(ブログ、詩、文、物語等)

とか

芸術作品を作る(絵、彫刻等)

って、本来はそうであっていいのかはわからないけれど、

そこに上手い下手とか、

能力というものが存在する(ようにみえる)。

評価が生まれる世界。

 

だけど、

「食べる」ことって、

人に見せない限り、

物を買う場所を複数箇所作れば、

評価を受けることもない

能動的行為の一環であって、

やりやすい。

 

でも満たされることはないし、

能動的といっても、

したくてしてる行動ではないので、

そう言ってもいいのかわからないけれど、

そういうことだからするのかなと。

 

映画を観るとか、

文学に触れるとか、

芸術作品を鑑賞するとか、

もちろんそういうものを通して

自ら考えインスピレーションを受けて何かに活かせることもあるのだけれど、

それらは全て、

自分でない他人が創り出したモノを、

こちらが受け取るという行為。

 

それだけじゃ満たしきれない。

 

満たされないから、

満たされるには、

自分も何かを表現したい。

 

能動的な行為で、

くすぶった思いを昇華させたい。

 

じゃあどうすればいいか。

 

 

手っ取り早いし(本当は何の解決にもならないとわかっているけど)、

楽だし(罪悪感と自己嫌悪に苛まれるので結果楽ではない)、

評価されない世界だし(吐けば“見た目には”出ない)、

だから摂食障害に走るのかな(拒食というコントロールの行動、過食という食に依存して居場所を求める行動)。

 

 

 

原因とか仕組みを知ったところで

太刀打ちできるようなものではないんだけどね。

 

壊れた満腹中枢が正常化するのには時間がかかるので、

そして精神疾患は治療に時間がかかるので

どうか今無理な制限を自分に課してる人(ダイエットに限らず、日々の生活で無理してる人)は本当に逃げて、やめてあげて。

もういやだよ〜。きつい。

 

 

摂食障害で食に頼るのは、

「自分が何かを“してる”」実感がある上に「(悪い)評価されない」という一見優しい世界だからなんだろうなぁ、

でもこれで癒されたことは一度もないから、

優しいどころか厳しすぎるし、

一度ハマると抜け出しづらい。

 

突然リターンって本当につらい。

一進一退でも、ちょっとずつ良くなってるはずなんだけど、

退行部分がものすごく大きく見えてしまって、進行部分が全て台無しになってしまったかのように思える。

そんなことないんだって気付かせてくれる何かがあればいいんだけど、

中々自分自身で、肥大化した負の部分を冷静に見ることができない。

 

早く抜け出したいなぁ、明日はいい日だといいなぁ。

泣いてしまう。