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生きる支え

孤独は心に悪い。

 

人間は他者との繋がりが成立してはじめて
自分の存在を直に感じられる。

 

一人で生きているだけでは、
自分が生存している正当な理由を見失ってしまう。

 

だから、
誰かの役に立てることが喜びであり、
友人をつくり、
愛を誓いあったりする。

 

誰かのためになることが、
本当はもっとも自分のためになる世界だ。

 

人とのコミュニケーションが成立してこそ、
人と繋がりを持ってこそ、
私たちは生きられるのであり、
こういうものが生きる支えになっている。

これがないと、生きるのは途端に難しく、苦しくなる。

 

 

そう思うと、
なんだかわけがわからなくならないか。

 

私たちは生まれて、
体の寿命が来るまで、
自然と来る死を受け入れるその瞬間まで、
生きる支えを常に必要としているのだ。

なんだか気持ちが悪い。

なんでそんなことしないといけないんだろうな。
生まれてから、ずっと何かを支えにしないと生きていけないなんて、
みっともなく惨めで、そんなのずっとつらそう。

 

自ら死を選ばないためにも、
私も生きる支えを少しでも増やして、
とにかく自分を生かさなければならないなんてなあ。

 

 

正直、
生きる意味とか、生まれた意味を探るのは
あまりにナンセンスだと思う。

そんなの追い求めればつらいだけだし、
生き方を制限するだけで、
そんなの考えないほうがいいはずだと私は思う。

 


だけど、
どんな生物だってそうなのだろうけれど、
生まれることだけは、
私が「河原由貴」となってからは選択していないのに、
生き続けることは選択しないといけない。

(特定の宗教では、人は生まれることを選んできたとか言うから、
あえて、私は私がこの私になってからは選択していないと書いたよ)

生き続けるために、
知らず知らずに生きる支えを探している。

 

ここに何の意味があるのだろうな。
何をしなければいけないんだろうな。
なんで生き続ければいけないんだろうな…。

 

なんだこれ、なんなんだ。

 

生きてから死ぬまで、
生きることだけは選んでなかったのに、
生きるために社会的活動をし続けることがほとんど不可欠であり、
それは苦しくも、喜びになるのであり、
もっとも自己の生存時間を伸ばしてくれる支えになってくれるなんて。

 

ああもう本当に面倒くさいよ。

 

 

こんなこと考えないほうが幸せだとか言うんだろう。
考えすぎだとか言うんだろう。

 

ありがたいことに、ここ最近
今私をもっとも苦しめる悩みは何と聞いてくれる人が何人かいて、
恐る恐る自分の考えを伝えると、

「それは考えすぎだ」とか
「そう考えるのはおこがましい」とか

言われるんだ。

なんだよそれ。

 

知ってるよ、
自分が自分を一番苦しめていることも、
考えすぎてしまうことも、
変な決めつけをしてしまっていることも。

だから苦しいんだろう。

 


聞いてくれてありがとう、
でも悪いところを指摘してほしいんじゃなくて、
ただ、わかってくれればいいんだ。

 

私の苦悩を解決してほしいとは思わないよ。

 

ただ私の考えていることをそのまま受け入れてくれれば、
私は少しだけでも
「生きていてもいいのかな」「存在していていいのかな」
って、そう思えると思うんだ。

 

 

ジェーン・スーさんがね、
「腐らないひとに分け前がくるシステムになってるんだこの世の中は」
って言っていたから、
なんとか腐らないように
生きたいと思っているよ。

 

でも希望を持ち続けるのって、すごくすごく大変だよね。

 

様々な夢を持ち始めてから、
どんどん自分がダメになっていっていて、
腐らないことが難しいことだって実感している。

 

天国ってどんなところだろうな、
この世で頑張らないといけないんだろうか。

 

自殺したら地獄に行くっていう宗教を
物心ついた頃からハタチ頃まで信じていたけど、
今思うと、これ、ひどい話だなと思うよ。
これが真実ならば、神様ってひどいよな。

辛い思いして、
もうどうしようもなくなって自ら死を選んだ人は、
死んだ世界ではもう恵まれて、
たくさん幸せな思いをさせてやればいいじゃないか。

楽になりたいなぁ、
愛して、愛されたいなぁ。

 

幸せになりたいなぁ。

 

私が生きていることが、認められるどこかにいきたい。

何もない自分でも、
マイナスばかりな自分でも、
許されて、愛される世界にいきたい。

 

天国ってそういう場所のことをいうんじゃないのか。