わかってほしいと思っていたけど、わかっていると言うほうがキモい

(はじめにことわっておきますが、
私がこれから書くことは、
あくまで一個人の、本当にこの私という人間が
感じたことにすぎません。
当事者のみんながこう思っているとは思いません。)

 

 

病気が治ってから、
大分自分の中の考えが少しずつほぐれていっているような気がします。

病気に関しても、
もう過去のものと捉えれば、
話すのが楽になるなぁ。
どうして楽になるかはこの先書きます。

 

そんなわけで、2年数ヶ月の摂食障害と向き合って、
そして治った今思ったことをちょっと書きます。

 

 

私はこの病気にかかってから、治る直前まで、

ずーーーーーーーーーーーーーーーっと

病気を人にわかってもらいたいと思っていました。

病気だけじゃなくて、病気の自分をわかってもらいたいと。
わかってもらいたい病でしたよ。

 

ずっと、わかってくれそうな人を探していました。

 

「この人はこんな私をわかってくれるだろうか」と
常に期待して人間関係をみていたし、
「ダメだ、わかってもらえそうにない…」と感じると
勝手にめちゃくちゃショックを受けていたのです。

 

安全地帯を求める欲求がむちゃくちゃ強かったんです。

 

だけど、治った今思うのは、

「摂食障害なんて、ならない限りわからない」

という当たり前のことです。

 

ここにたどり着くまで2年3ヶ月要しました。

いや、病気というか、私をわかってもらおうなんて、
なんとおこがましいことか、
ていうか変にわかられたほうが嫌じゃん、
と思えるようになるまで21年と3ヶ月を要したのでしょう。

 

精神疾患全般そうですけれど、
心の病気というものは偏見の多い病気なので、
なってみないとその辛さとか症状なんてわかりっこないですよ。

偏見死ぬほどいっぱいあります。

いちいち気にしてたらやってられないほど。

 

自分の周りには、
人を受容することに優れた、
大変心優しい人が多いので、
なんとなく期待ばかりしていたわけですけれど、
世の中そういう人ばかりではないんですよね。

あまりに心無い言葉をかける人もいます。
わかっているようで、そこを全然わかっていなかった。

 

 

 

つい最近、
ある友達がこの病気について聞いてきたので、


「私にとっての過食は食べたいからやるんじゃなくて、自傷行為と同じ」

と答えたら腑に落ちていたようでした。

(自傷行為している子じゃないのに自傷行為って言って腑に落ちるってそれもなかなかすごいと思うんだけど。
※この感覚は個人差があるし当事者によって理由とか違うと思うので100%これだと思わないでくださいね)

 

 

でも普通、わからないですよ。

だって、経験者の私だって、摂食障害についてわからないことだらけです。

他の精神疾患もそうですけれど、
摂食障害、マジで十人十色なので、
全員「こういう症状があります」「こういう理由で症状が出ます」
みたいなの確実な共通項はないんです。

拒食を伴うのか、嘔吐を伴うのか、もう種類がいろいろあって、
多分患者同士でもわかりきれません。

 

そんな病気の理解を

当事者外・経験者外に求める限り、ずっと辛かった。

 

 

今はっきりと思うのは、そんな、理解とか無理ですよね!!!

わからないでしょ、そりゃ。

 

というか、少し齧って知識あるくらいの人のほうが、
完全にナメくさって接してきます、
こっちのほうがタチ悪い。

 

わからないことはわからないといって聞いてきてくれる
周りの人が一番優しかったし、救われたし、
傷もつけられなかった。

 

「精神疾患・摂食障害を勉強してます!」っていう人ではなく、

「栄養学や医学を勉強する上で摂食障害っていうのも触れましたよ、そういう患者もみてきました〜!だからわかるんだよ!!」っていう人の浅さ。

 

これ一番残酷で最悪だって気づいてから、
「わかってほしいと思ってたけど、わかってる風が一番困るからわからなくていいよもう」
と思いました。
まぁ治ったから言えることです。
治るまではわかってほしかったよやっぱり。

 

 

ぜったい、病気はなってみないとわからないから。

 

少しの想像力を働かせて、

知ろうとする姿勢があればそれで本当十分ですよ。

そんなことをしてくれる人がいるだけで私は幸せでした。

 

「わかってわかって」って思っててごめんなさい。

 

もし近くに精神疾患で悩む人がいたら、
接し方難しいとは思いますが、

病気を見るんじゃなくて、その人本人をみてあげてください。
病気をわかろうとするなんて無理だし、
どんなに相手がそれを欲していても、
半端にわかってるという方が面倒なことになりかねないので。

それと、病気の人は
「私はこんな病気だから」と
病気持っていることがアイデンティティーだと思って
伝える場合が多いです。

それは単に同情してほしいからだけではなくて、
「面倒なことをしてしまうかもしれない」
「人一倍迷惑をかけるかもしれません」
という、予防線なんです。

「あなたと関わりたい」
「あなたと一緒に仕事をしたい」

などの思いは人一倍あっても、
病気がその意思を台無しにするようなことをしかねないので、
まあそれが病気・障害というものなので、
本人も苦しんだ上でそれを言ってるんです。

でも、本人がそうやって自分を言っている限り、
周りが病気を見るっていうのは、
病気のその人を対処しようとするというのは仕方ないんですが、
病気ではなくて、その人を見るようにしてあげてください。

 

そして、
精神疾患に苦しんでいる人は、
病気をわかってもらいたい気持ちや、
自分を受け止めてもらいたい気持ちが
何よりも先行することがあるかもしれませんが、

病気の自分を取っ払った、本来の自分を見てくれる人を大切にしてください。

私はそういう人がいたのに
冷静になれず
「わかってくれない」
と思って突き放してしまいました。

治った今思うんですが、
病気を抜きに話をしてくれる人こそ、
本気で私と向き合ってくれる、
そんな努力をしてくれる人でした。

すごく後悔しています。

 

 

 

精神疾患のカミングアウトをしてから、
病気は
同情を誘い込み、
そんな私でも理解してくれそうな人を選定するための、
自分の中の盾でした。

こんな私でした。

本当に恥ずかしいし、ダサいけど、マジでこういう節がありました。

だから、今までは病気を伝えることに
自分の中でも申し訳なさとかあったんですけど、
治ったし、今そういう自分がいたと自覚がある分、
病気を語るのは別に単なる事実でしかないので、
楽です。下心がないので。楽。

 

だから病気の人に言うけど、
病気を抜きにして話をしてくれる人、自分を見てくれる人、
強い自分を見抜いてくれる人を頼って欲しい。

そういう人は、多分「弱いあなたを認めない」わけではないから。
病気のあなたを否定しているわけではない。
そんな病気なんて、あなたを構成する何者でもないとわかっているから、
そういう対応なんだと思うんです。

ああ、これ、病気の人に言うって言ってるけど、
過去の自分に伝えたいことです。
本当、大事な人を失わないでくれ。

 

 

あと、病気の人を身近に見ている人にいうけど、
期待させちゃダメだし、
わかろうとしてくれるだけでありがたいので、
わからなくていいです。
寄り添うだけで十分人助けになってます。

 

 

そして、
医者とか医学生とか、栄養士とかに言いたいんですが、
患者から学ぶ気持ちでいて欲しいです。

教科書に書いてあるようなことじゃなくて、
その人本人とぶつかってくれ、
そうじゃないのに「わかってる」みたいな態度が一番傷つくしムカつきます。
わかりたいなら病気になってみてくれ。
理解しようなんて無理ですよ、わからないこと前提で接してください。
そういう素直な人が何倍もいいです。知識量とかマジどうでもいい。