自分ごと、最近の変化。(2017年上半期の振り返り)

今日ブログを書こうと思ったのは、

最近の変化を記しておこうと思ったからです。

 

2017年上半期振り返りって書いたので

とりあえずまとめよう。

1月:受験しようと思いつく、受験勉強。後半からもう何も手につかない

2月:頑張れたり頑張れなかったり。受験。まったく頭に入らないララランド。お祝いムード。

3月:引越しとか引越し。城ホールで涙腺決壊。

4月:希望に胸焦がす。自分で自分を忙しくした。欲張った。結果後半に死亡寸前。

5月:精神崩壊、健康状態も崩壊、失恋

6月:思考と試行錯誤と情緒不安最高潮

 

まとめると上り下りのエブリデイですね、まぁみんなそうでしょ。

 

 

 

こういうの、書かないと忘れるんですよ多分。

 

 

変化なんて、難しいけど定着しちゃえば、

変化する前を忘れるし、

変化を起こすことになったきっかけとか、

悔しさとか、悲しみとか情熱とか、

そういうの忘れちゃうの、すごくもったいないと思いました。

 

 

必死に生きてるからこそ、

意地でもこの頑張ってる自分をいつかの自分に認めて欲しい。

忘れられたら困るので書きます。

 

 

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さ、特に最近の変化といえば、

 

 

 

①家計簿をつけるようになった

②体に合わない素材を少しずつ避けるようになった

③自分のアイデンティティーについて考えるようになった

 

 

こととかですね。

 

 

 

①は、そのままですけど、

私は携帯のアプリ、《Money Forward》を使って、

五日ほど前から支出を書きだせるようになりました。

 

 

2年半ほど前、Zaimを使ってたんですけど、

病気を患ってからというもの、

支出がとんでもなく、自分でも把握できないレベルになったので、

そんな自分を見たくなくてやめてました。

それからはずっとそんな調子でした。

バイトで稼ぐ10万なんて半月で吹っ飛ぶので、

怖くて書いてられない。

正直、自分でも使った瞬間覚えてなかったりするので、

家計簿つけられる精神的余裕がありませんでした。

 

それが、今はまた自発的に書こうと思えるようになりました。

 

 

いや、今回そうなるまでにも、

何度も書こうと思ったことはあるんですが、

やっぱりその数日後にはおかしい支出になって、

書くのが嫌になってしまって、

続くことはなかったんで。

 

それが、今では

むしろ書きたくてたまらない。

 

 

書きたくなったきっかけとして、

やっぱり今のままで生きるわけにはいかない!と思ってことがあります。

 

 

 

これお金に関することだけじゃないんですけど、

見て見ぬ振りして歩き続ける現実逃避思考型の生き方をいい加減やめなければ、

その一瞬は楽だとしても、

長期的に自分の首を締め続けることになると。

 

いつまでも苦しみが続くのはもう本当勘弁してほしいですから、

じゃあどうすればいいかと考えたところ、

もっと自分の今を見つめないといけない、と思いますよね普通に。

 

 

最近、特に経済的余裕のなさが自分を殺しまくっているんですよ。

ここまで身を以て、お金が精神状態に影響を及ぼすと感じたことは

今までなかったのでいい勉強になっていますけど、

学んだことをちゃんとこれからに生かさないと、

ただバカみたいに辛いままですからね。

ていうかただのバカですよね。それはいやだ。

 

 

 

自分のお金の使い方を考えたところ、

日常で最低限必要な費用、

精神衛生上必要な費用というものが

心身の健康を保つための大事なお金になるなと。

ここは欠かせない、欠かしたくない。

 

それ以外の、余裕があれば使うお金とか、

最低限必要というものではないけれど、

あった方がより幸福感を得やすいより健康度を高める費用もあるわけです。

そういうものからなんとなく自分の中で月々いくら使いそうか、

いくら使いたいかを考えるようにしました。

 

 

こういうの、やってる人からしたら当たり前なんでしょうけど、

私はいままでこういうこと考えるのは死ぬほど嫌だったんです。

でも賢くならなきゃいけないですからね、いい加減。

 

 

 

でも、いくら使いそうかを考えても、

普段何に実際いくら使っているのかという実態がわかってなかったので、私。

全部なんとなくだったんで、これはいかんですよね。

 

 

自分で自分のデータ集めをして、

どういう精神状態の時、

どういう状況の時、

どういう用事がある時、

どれくらいのお金を何に使うのかわからないことには、

これからの計画も立てられないし、

 

例えばこの先、カウンセラーさんとか精神科医とか、

経済的支援をしてくれる親などにも相談しづらいし、

いつかは旦那さんとか保険の人とかと、

将来設計しづらくなってしまいますから、

それはいやでした。

幸せを確実につかめる道が減りそうだから。

 

 

 

まず、直近の問題として、

やっぱり応援してもらえる自分にならないといけませんからね。

一人では生きられないので。

生きてるだけで十分って自分では思っていても、

周りはそうは思ってくれないですから、

自分が十分に生きるために、自分を活かすために、

少しでも支援の形を増やすために、

相談先を増やして信頼できる拠り所を増やすためには、

自分もそれなりの努力をしないとなりません。

 

それに、

私は結婚願望が強い身でありながら、

なんら現実的なことを考えてこなかったんですよね。

最近は結婚願望強いけど、それでもだいぶ考え方変わりました。

早く結婚して早く子供が欲しかったけど、

どう考えても、最高に経済状況と精神状態に余裕が出るくらいにならないと、

結婚も出産・子育てもしたくない。

ここらへんまでちゃんと考えられるようになりました。

変わったねえ。

 

 

で、その経済状況に余裕出すためには、

お金を稼げる社会人になるまでにもちゃんと考えないといけないですから。

 

 

 

やっぱり、少しでも明日の私を、未来の私を幸せにするためには

今の自分の精神に甚大な被害を及ぼしているお金というものに

もっとしっかり向き合って、被害を最小限にし、

いつかはお金というものを、

精神にいい影響を与えさせる本来あるべき姿の手段として

使いこなせるようになりたいですから、

ちゃんと家計簿つけようと、

今んところ、まぁまだ数日ですけど、

熱入ってやれています。

データ、大事ですね。

 

やっと自分と向き合えるようになった、というか、

その覚悟が少しずつ身についてきた証拠かなと思っています。

 

 

ちなみに、このアプリにしている理由は

Zaimまた使おうと思ったけど、

案外Money Forwardの方が自分にとって

使いやすかったので、これにした。というだけです。

 

ま、できるようになっていたといっても、

多分まだまだだけど。

 

 

 

 

②はね、

ゆるっとですけど、

グルテン摂取を減らそうと思い実行できてるから書きました。

 

 

病気になってから、

今までの人生からみて最大に、

短期でガッと小麦粉とる量が増えちゃって、

小麦の中毒性にやられていたおかげで、

自分の体にグルテンは合わないとわかっていながら
(遅延型アレルギーのひとつなので実際感覚だけじゃなくて体に合わない)

めちゃくちゃとっていた私ですが、

最近、特に下半身のむくみがひどくて悩んでいました。

 

注意して振り返ってみると、

小麦粉摂取量の多い日、

ふくらはぎめちゃくちゃ痛くなるんですよね。

足が痛くて、そして重い…。

 

 

運動不足とかむくみの原因、他にもあるだろうけど、

小麦粉とると余計にむくみがひどい気がしまして。

 

もうこんな辛い思いするくらいなら、

パンと麺はやめよう…と思い始めて一週間、

そんなに厳密にグルテンフリーにしているわけじゃないんですが、

主力に使われている食品をとらないように意識したら、

そこまでむくみがひどくなくなりました。

 

実際、なんかちょっと歩きやすいというか足取りが軽い日が増えたんですよね。

 

 

「小麦抜いたら体軽くなった」と複数からきいたことがあるんですが、

あれはこういうことか、と少しだけわかったような気がします。

足取り違いますね。

 

遅延型アレルギーの検査したの、2年半位前で、
(個人で検査したんだけど今でも血を抜くの怖かったの覚えてるわ…)

そこで小麦がよくないってわかってからも、

ずっととりつづけていてやめられなかったし、

やめようと思ってもとっちゃって死んだ魚のような目でその後居座るような自分から、

「あんな痛い思いするならそもそももうとりたくない」

と思えるようになったのは、だいぶ大きな変化な気がします。

 

 

そうはいっても衝動的にとりたくなったりするし、

一生、厳密に抜くというつもりはないんですけれども、

でも

「とりたくないけどとっちゃう」

から、

「体のことを考えるととらないほうがマシだな、やめよう」

って考えられる、

ちょっと優等生な自分が強くなっています。

 

これは、ここまで辛い思いをしてこなかったら

変わらなかったことだと思うので、

今までの日々も、もう結果オーライということで、

 

この変化があったことを喜ばしく感じてやろうと思います。

 

 

 

 

③は、

自分のいいところも悪いところも、

冷静に見つめ、理解しておかないと、

思春期がいつまでたっても終わらないと気づいたことからです。

 

BPDじゃなくてよかったとはいえ、

遅延型の思春期を脱して早く楽になるには、

どちらにせよアイデンティティーの確率をしなければなりません。

 

これは、

どう考えても大事なんですが、

やっぱりこれも逃げてきました。

 

そのおかげでいつまでも自分で自分が抱えきれなくて辛かったし、

人の好意や応援や心からの叱咤激励を無駄にしてしまったんで、

自分の人生にも、自分に関わってくれる人の人生にもよくないことです。

 

 

今の自分は、人の評価や人が下す価値判断で

自分を保っているようなもので、

それって永続的なものじゃないし

常に確認できるものでもないし、

誰かの状況でころっと変わったりしてしまうものでもあるので、

そればかりに依存していると、

ずっと自分がふらふらしてしまって、すぐに心が泣いちゃう。

 

誰かからのLINEが来なくても、

自分に価値がなくなったわけじゃない。

誰かと一緒に過ごす時間が少ないからといって、

自分が終わっているわけじゃない。

 

そんな風に思おう、ていうかそれが事実なんだ、

とこのように思うようになったのが本当ここ最近のことです。

 

それまで、

人が愛してくれる自分(彼氏や友達など好きな人と付き合えてる自分)

が自分の価値を98%くらい決めていたようなものでした。

 

 

この前、私はコンプリート型の人間で、

恋愛でも自分の思い通りやれないと気が済まないと言われ、

その通りだと思ってたけれど、

それは、そうしないと自分がなくなるというか、

自分が自分であれる気がしない、

自分の好きな人が振り向いてくれないと、自分の価値を失って、

倒れてしまうことがわかっていたから、

だからそういう思考に偏るようになったんだろうなと思いました。

 

 

 

ちょっとやそっとのことで動じない人間って、

自分を深く理解し、

いいところもわるいところもちゃんとわかっていて、

他人の評価や批判で自分の価値が変わるわけじゃないとわかっているから、

というか自分がもっている自分に対しての愛がちゃんとあるから、

そういう他人の基準で

思いっきり喜ぶことも、思いっきり落ち込むこともないんでしょうね。

 

自分もそうなるためには、

自己が求めるものはなんなのか、理想像とはなんなのか、ということや

自己の認識している人物像と、

他者の認識している人物像の乖離を減らし、

アイデンティティーをきちんと確立しなければならないので、

このあたりを、

逃避することなくちゃんと見つめて、言語化していこうという覚悟が生まれました。

 

 

まだきちんと言語化できてないけど、

下半期は、これらをちゃんと理解し、

アイデンティティーを確立した

強い自分を作っていくことが目標なのかな、と思っています。

 

 

 

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最近、

病気とか、失恋とか、学生生活の破綻とか、

そういうものを経て、

どんどんダメな人間になっていっていたんですけど、

でも、だからこそそんな自分を少しでも変えたくて、

というより変えないとこれから先まずい気がするので、

「このままじゃいかん」と思っているうちに

できるようになっていたことたちです。

 

できるようになっていることといっても

まだ長期的に続いてないことを書いているので、

これ書いておきながらまたすぐへこたれてできなくなってたら

すっごいダサいんですけど。

 

でも、

この変化に至るまでの懊悩があったから、

ダメ人間になっていくといいながらも、

もがきながらちゃんと前には進んでいると思うんですよね、

ちょっとは、ちょっとくらいは、やっぱりそう思います。

自分も捨てたもんじゃないんだろうって。

 

 

前回ブログ書いた日は気持ちが穏やかで、

その次の日には死んじまいたくなっていて…

 

どっちもまごうことなき自分の人生の大切な1日です。

 

 

 

ここ最近は、

1日がとても長く、

一週間の移り変わりが激しく、

なんとか生き残るための足場とホールドを探して、

それが掴めたらその日はなんとか持ちこたえられて、

掴めなかった時には簡単に地に落ちるような、

ずっとロッククライミングに挑戦している感覚があります。

 

 

 

 

思い出って、覚えているつもりでも

細かいことはいつか忘れて、

全体の総感覚として記憶に残るものだと思います。

 

 

私は高校時代、

高三の秋以降を除いて、基本的に楽しいものでした。

あんまり、「辛い」と思った記憶がない。

絶対あの時はあの時で毎日何かに悩んでいただろうに、

部活の引退を悩んだのがいちばんの悩みで、

それ以外の辛いことや悩みって、きっちりと覚えていません。

 

良くも悪くも、ただ

「あの時の私はお気楽で楽しい毎日を送っていたな」

という思いがまず真っ先にやってくるのです。

 

 

そう思うと、

たぶん、今のこの日々、というか

高校卒業してからの

ここ数年を考えると、

のちのち私が思いそうなのは

「あの時本当辛かったな」

ということで…。

 

この辛いというのは人と比べてということではなく、

自分の歴史上で、です。

 

でも、これだけで終わらせたくないんですよ。

 

 

辛かったから、そこから何かを学んで、ちゃんと掴み取ったものもある、

だから、

 

「辛かったけど、最高の人生の始まりだった」

 

っていつか言えるようになりたい。

そのための変化を起こそうとしている時なんだと思います、今。

 

 

 

生まれてから、今が確実に辛くて、

そんなの多分みんな同じだけど。

だって未来を生きることができないし、

喉元過ぎれば熱さ忘れる生き物だから、

今が一番辛いのは当たり前なんでしょうけど、

本当にここまで毎日生きることを必死に、第一に考えないと

その日死んでしまいそうになるっていうのは

今までになくてですね。

「生きるぞ」って思わないと、がんばれなくなってしまいました。

 

 

でも、そう思わないとやっていけない日々の中でも、

それでも私は頑張りたい気持ちがどこか強くて。

 

生きることを意識しなくても普通に生きて

たくさんのことを成し遂げられるようになりたいのです。

 

 

 

頑張らなくていいとか、

頑張らなくても自分を認めようとか、

そういうのあるけれど、

もちろん頑張らない自分を愛するのが、

ただ生きている自分をちゃんと抱えられるようになるのが今の私にとって

大事なことだと思いますけど、

そうはいいつつ、

もっともっと何かを頑張っていたいんです。

 

私は人が頑張っている姿が好きなんです、

頑張っていないとダメってことじゃなくて、

頑張るという行為を続ける人の、

その美しさに私は惹かれているから、

自分も少しでも頑張っていたいんです。

だから、頑張りたい。

 

頑張れないけど頑張ろうとしているだけでいいんです、たぶん。

とにかく、どうにもこうにも、頑張りたい。

 

 

まずは生きることと、

自分を知ることを。

 

 

そして、

そういう日々の中で、

何気なく成長していく、

変化していく自分を、

何気なく見過ごすのではなく、見つめたいと思います。

 

そんな思いでこのブログを書くことにしました。

 

 

 

 

 

 

未来の私!覚えとけ!!

今こういうことがあって、

こう変わっていて、

わたしは頑張って持ち直すから!!

 

未来の私が幸せでいられてるなら、

それは今の私が頑張ったおかげだからな!

忘れるなよ!!そしてそれをいつか誰かのためにも活かせよ!

 

一人で頑張ったとか、一人で掴み取ったとか、

お願いだからそういう勘違いした大人にならないでくれ!

あと、自分が辛いことから抜け出せたからって、

悩める人にトンチンカンなアドバイスするようなだっさい大人になるなよ!

 

 

と、私は将来の私にそう申し上げたいと思っております。